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そう言って、再び私の手を握って歩き出す。私は母の背中を見つめながら、気だるい午後の日差しに頭がくらくらしてきたのか、少し前から染み出していた感情がそうさせたのか、見渡す風景がどことなく、ぼやけて見え始めていることに気づいた。木工品やガラス細工が並ぶ、古びた店先。舗装されていない脇道から顔を出す、薄汚れた野良猫。電柱には、色褪せた女性が笑う、食品会社のキャンペーンポスター。そして視界の遠くに目立つのは、高々と灰色の煙を上げる煙突。目に映る知らないもの全てが、非現実感に包まれていて、私はなんだか少し恐くなってきてしまった。
とにかく離れ離れにならないように、母の手をぎゅっと握り返したのを覚えている。
商店街を通り抜けると、ひと気の無い路地に差し掛かった。しばらく歩いているうち、商店街からの多少の賑わいが、もう聞こえなくなっていることに気づいた。同時に、今度は遠くから男の子達が、ボール遊びをしてはしゃいでいる声が、かすかに耳に届く。振り返ってみると、路地に入ってからもう随分さっき通り過ぎた遠くの道の脇に、学校の裏門のようなものを目線の先に捉えた。だけど、うっそうと葉の生い茂った木がいくつもそびえているばかりで、ところどころが錆びたり歪んだりしている外周のフェンスが木々の隙間から覗いていることくらいしか、校庭の様子はよくわからなかった。
「また、聞こえた」
男の子たちの騒ぎ声は、ごく小さいけども、確かに聞こえてくる。裏門の向こうから聞こえているのだろうけど、もっと遠くの場所から聞こえているような気がした。いや、もしかしたら、もっともっと、ずっと遠くの街から聞こえてきたのかもしれない。
「どうしたの?」
足を止めていた私にしびれを切らした母の言葉で、ブンブンと軽く首を振って素直に踵を返して歩きだすと、それきり、男の子たちの声も聞こえなくなった。
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