巣箱落とし

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一家はつかの間のだんらんを楽しんでいた。就寝前のひと時に父は娘の為に絵本を読んであげ、母は編み物をしていた。一家は毎日のこの時間を楽しみに、そして大切にしていて、ささやかではあるが幸せと思える時を過ごしているのであった。 十年前、夫婦は“ここ”に連れてこられた。最初は夫婦二人であったが、すぐに娘を授かり、三人の生活が始まった。娘は不本意で理不尽で常に恐怖が付きまとうここでの生活の中に生まれた小さな幸せであった。 一家の現在の生活は軟禁といっても過言ではないものだが、毎日数十分程の外出が認められていた。監視下ではあるが、家の近辺を散歩したり軽い運動をする程度は許されていて、一家にとっては屋外で過ごす貴重な時間となっていた。その時に稀に他の家族や個人、団体との交流があったが、挨拶を交わす程度で、それ以上の交流は許可が無い限り許されていなかった。そして極々稀に脱走を企て、実行する者たちがいたが、その者たちの末路は決まって捕まり、処分されるか、より一層重い監禁生活を強いられるかであった。ここの住人は一家を含め皆このような生活を強いられているのだった。 だが、歯向かったり、反抗しなければ様々な制限がかけられ、窮屈で不自由ではあるが、これからも安定した生活を家族三人で続ける事が出来はずであった。 “ゴソッ!” 家が揺れた。地震ではない。家が中に浮く感覚の後、小さな縦揺れが始まった。それは一定のリズムで、丁度歩くのと同じリズムである。 「何…?こんな時間に…」 「もうすぐ消灯の時間なのに…。変だな…。」 「…?」その微弱な揺れはしばらく続いて、そして次の瞬間だった。 “ガラガラガラ…‼︎” 家がもの凄い勢いで回転し始めた。一家は瞬時に家が転がり落ちている事を理解した。 「キャー!」 「な、何故だ!何故なんだ…!」 「ど、どうして私だが…!」一家の暮らしていた家、もとい“巣箱”は急勾配の断崖を何回転もしながら転がり落ちていた。しかしながら特殊な鋼板で出来た巣箱は頑丈で、その形をとどめたまま奈落の断崖の闇の中へと消えていったのだった。 「おかえり。あら、捨てて来ちゃったの、あの巣箱。」 「うん。良い子たちだったけど、平凡すぎて飽きちゃったんだ。」 「そう。また新しいのを買ってあげるわ。」巨人の母親はいつもの事のように微笑みながら言った。それはまるでいらなくなった“ゴミ”を捨てて来たかの如くであった。 現在この巨人の社会で特に子供たちの間では“小人の飼育”が流行していた。希少な種や特徴がある種などは特に人気がり、交配や繁殖してさらに違う特徴を持つ種を作ったりするのがブームで、時には友達同士で交換したり、闘わせたりもするし、売買も盛んに行われていた。 そして子供らの間で気に入らなかったり、いらない“もの”は崖の上から放り捨てるのが一般的で、その廃棄行為を“巣箱落とし”と呼んでいるのだった。
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