ある男

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 その家は、ものの5、6分で見つかった。  玄関で、何度も吠える愛犬に、いやでも気付かされた家族が、驚き勇んで玄関のドアを開けたのだった。    ドアの前に佇む、しかし終始笑顔を絶やさない男を見るや、一瞬訝しげな表情を見せた。だが、直ぐに事情を察したのか柔和な表情へと変わった。  その家の主人は、何度も何度も男と星矢に礼を言い、何かお礼がしたいと申し出たが、男はやんわりとその要求を躱したのだった。  しかし、その家の長男であろう少年は、少しばかりはにかんだ表情を見せるも愛犬に触れることもなく直ぐに奥に引っ込んでしまった。    その態度に面食らった星矢であったが、男が先程自分に教えてくれたあの犬の不満のことを思い出し、納得するのだった。  星矢と男がこの家から立ち去ろうとした時、一瞬星矢たちに見せた何とも形容し難いあの犬の表情が、星矢の脳裏からなかなか離れることはなかった。  何気なしに駅へと向かう二人。  知らない人が見たら、ぱっと見親子に見えたかもしれない。    暫く押し黙った二人であったが、男が唐突に口を開いた。 「僕らが、あの家から立ち去る時、あの犬は何て僕に言ったか分かるかい?」 「え?でも……、あの時何も吠えたりしなかったよ。ただ、黙って僕らの方を振り向いただけで……。」 「ああ……、確かに吠えたりはしなかったけど。あらゆる生命体は、常にコミュニケーションを取ってるんだ。もちろん、声とか言葉だけじゃあない。それは、コミュニケーション手段のほんの一部でしかないんだよ。」 「……?そ、それって……、テレパシーってやつ?」 「うん、まあ……、それも一部ってことになるかな。それよりも、あの犬は、別れ際に僕にこう語りかけたんだ。」
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