8人が本棚に入れています
本棚に追加
その男の表情が一瞬曇ったのを、少年は見逃さなかった。完全に腕時計は停止していた。その機能を封印してしまった腕時計。にも関わらず、その男はそのまま右腕にはめている。
男が不思議そうな表情で腕時計を顔に近付ける。
まじまじと腕時計を凝視するその目には、好奇心と猜疑心が重なり合っている。少年は、不思議な感覚に囚われた。
もしかして、この人は腕時計というものを知らない………?
い、いや、自分がはめている物について理解してないなんて……。
少年は激しく首を横に振り、自らの頭に浮かんだ有り得ない疑念を払拭した。
「ありがとう……、本当にありがとう。心からお礼を言うよ。
それにしても、“ここは”眩しいねえ。君たちはよくサングラス無しで生活できるね。」
男はそう言い残すと、少年に背を向けた。
その背中は次第に人混みに紛れていく。
周囲には、まだ家路を急ぐ人々でごった返している。
だが、何故かその男の背中のシルエットが、少年の目には残像のように焼き付いていた。 いつまでも、そういつまでも。
最初のコメントを投稿しよう!