ある男

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その男の表情が一瞬曇ったのを、少年は見逃さなかった。完全に腕時計は停止していた。その機能を封印してしまった腕時計。にも関わらず、その男はそのまま右腕にはめている。 男が不思議そうな表情で腕時計を顔に近付ける。 まじまじと腕時計を凝視するその目には、好奇心と猜疑心が重なり合っている。少年は、不思議な感覚に囚われた。 もしかして、この人は腕時計というものを知らない………? い、いや、自分がはめている物について理解してないなんて……。 少年は激しく首を横に振り、自らの頭に浮かんだ有り得ない疑念を払拭した。 「ありがとう……、本当にありがとう。心からお礼を言うよ。 それにしても、“ここは”眩しいねえ。君たちはよくサングラス無しで生活できるね。」 男はそう言い残すと、少年に背を向けた。 その背中は次第に人混みに紛れていく。 周囲には、まだ家路を急ぐ人々でごった返している。 だが、何故かその男の背中のシルエットが、少年の目には残像のように焼き付いていた。 いつまでも、そういつまでも。
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