10話 掌の上

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10話 掌の上

 とろん、とした眼差しで、希望はライの広い背中を見つめていた。  たっぷりと可愛がられて愛された身体はまだ火照っている。この気怠さは嫌いじゃない。  ベッドと布団の暖かさと愛しい人の体温と気配を感じて、このままゆっくり沈んでいきそうだ。  それでもライを見ていたくて、希望はじっとライを見つめていた。    ただただ優しくて甘やかしてくれるライさんは怖かった。  俺が怒らせたことは間違いないのに、ライさんは優しく丁寧に勉強を教えてくれた。  それが不思議で、何を企んでいるんだろう? とずっと考えてた。    こうやってどろどろに甘やかして、普通の社会に戻れなくしようとしているのかも。  俺のこと飼うとか、首輪とか、郊外の一軒家とか言ってるから、閉じ込めようとしてるし。  どうして優しくしてくれるの? いつものライさんじゃないみたい。    怖くて、ずっと怯えながら、必死に勉強した。    でも、違ったのかな。  ライさんは、頑張ってる俺を応援してくれてただけなのかもしれない。    ……いや、うん、それは絶対ない。      でも、あの時俺が、ライさんのいつもと違う服装にめろめろになっちゃったり、眼鏡かけさせて写真撮ってはしゃいじゃったりしてたのが悪かったんだと思う。  受験勉強への真剣さ、集中力を少し欠いていたような気がする。気が緩んでいた、というか。  もともと『年上の恋人に勉強教えてもらうのって、なんかイイなぁ♡』なんて、下心みえみえだったのも良くなかった。今思えばすごくふざけてる。とても良くないことだ。  この件に関しては猛烈に反省しています。    だから、そんな俺に気合いを入れる為に、ライさんは『進学か飼われるか、選べ』って言ったのかもしれない。  首輪も、檻も鎖も、郊外の庭付き一軒家も、怖かったことは全部、ライさんなりの喝ってやつだったのかも。  そうだよ、常識的に考えれば、人間を飼うなんてそんなこと、できるはずが……。    ……ない、とは言い切れないんだよなぁ……。だって、ライさんだもん。    でも、本当は俺、ちょっとだけ。  ほんのちょ――――っとだけだけど。  ライさんになら、飼われてもいいかな、って思ってるよ。    こういう時のライさんはとても甘くて優しかった。  どろどろに甘やかしてくれて、めろめろに優しくして、俺をどうしようもなくダメにしてしまうことに、本気のライさんだ。  確かに、凄まじい破壊力だった。  危なく蕩けてしまいそうだったけど、何とか尊厳を守り抜いた。    けれど、本当は。  ずっといっしょにいられるなら。  ライさんがこんなに甘く優しくしてくれるなら。  身を委ねてしまってもいいかもしれない。    俺は歌えるならどこでも大丈夫。どこでも歌える。  ライさんが連れて行ってくれるならどこへでも、連れて行ってほしい。    だから、一生大事にして、可愛がってくれるなら、ずっとそばにいてくれるなら、ペットでもいいかなぁ。    ……なーんて、ちょっとだけ、思うけど。  やっぱり、それはダメだ。  ライさん、すぐ飽きそうだから。  俺が一人で生きていかれなくなるくらいにめろめろどろどろになって、元に戻れなくなったところで捨てられてしまう気がする。ライさんは意地悪だから。    それはいやだなぁ。  悲しいし、寂しい。  優しく甘やかすのは時々でいいから、できるだけ長く、ライさんと一緒にいたい。    その為にも、俺はちゃんと自立して生きていかないといけないんだ。  進学とか、就職とか、進む道は何でもいい。  ただ、自分で決めた道を、しっかりと歩めるようにしてないとだめだ。  いつかライさんがいなくなってしまっても、ちゃんと生きていけるように。  自分で考えて、道を決めて、自分の意志で、歩んでいけるように。    進学じゃなくて、仕事一本にしてもよかったけど、海外の音楽史の勉強もしたかったし、留学もしてみたいから、大学への進学を選んだ。  歌手の仕事は続けていくつもり。俺はどこででも、一人でも歌えるけど、今は誰かが俺の歌を必要としてくれるから、みんなに歌が届きやすいように、芸能界で歌ってようと決めている。    俺はこの先も、会いたい人も好きな人もやりたいことも見てみたいものもいっぱいあるんだ。  だから、ライさんのペットになるのは、遠慮しておきたいよね。    飼うっていっても、ライさんのことだから、俺の好きなところに連れて行ってくれるだろうし、好きなことをさせてくれると思う。  甘く見てるわけじゃないよ。でも、ライさんはきっと、そう。  俺が明るくて暖かい場所で好きなように生きていても、どこかで見ていてくれる。暗くて冷たいどこかで、じっとこっちを見つめていてくれる。    だけど、ライさんは頭がおかしいからね。  例えば『お散歩』で首輪とリードとかつけてきそう。そんなのは嫌だ。  ライさんはそういうの、恥ずかしがらないで、平気な顔してやる男なんだ。頭おかしいから。  俺は、そういうのちょっと恥ずかしい。  そんなの、みんなに見られたくない。  そういう姿は、ライさんの前だけにしておきたいの。    だって、そんな恥ずかしい俺は、ライさんだけの俺だもん。
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