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告白した相手はまっすぐ俺の目を見て、「借金がある」と言った。
大事な話をしたい、と言って誘ったディナー。
店内にはゆったりとしたピアノの音色が流れ、テーブルのそばに取り付けられた大きな窓からはきらびやかな夜景を一望できる。
借金なんて別にどうってことはない。二人で働いて少しずつ返していこう。お前がいれば俺はどんな不便も貧乏も厭わないよ。
そう口説き落としてやるつもりだった。これまでだってずっと仲睦まじくやってきたのだ。離れるという選択肢は相手にもないだろう。
「だいたい20兆くらいあるんだけど」
「…………え?」
「大誤算だったんだ」
あれ見える?と、指で示す先を目で追う。窓の外の、黒とも紺とも見分けのつかない夜空。
その闇の中に三日月がぼんやりと白い光を放ち、小さな星々が周りを点々と囲んでいる。
「月の右下らへんに見えるあれ、おれの」
「おれの、って?」
「買ったの。星を」
出会った頃からつかみどころのないやつだとは思っていたが(だからこそ自他ともに認める堅物の俺にとって興味をそそられる存在であったわけだが)、ここまでぶっ飛んだジョークを飛ばすとはさすがに予想外だ。
とりあえず話を聴くことにする。こいつにはそう聞こえなかったとしても俺にとっては一応、一世一代の告白だったのだ。あいまいにされたくない。
「星を買えばね、その観測……観覧でも観賞でもいいけど。とにかく料金をがっぽり頂戴できると思っていた。それで将来安泰だろうなと」
「うん」
「そしたら宇宙なんとかセンターの人が、星を見るのはみんなの自由ですって。月に土地を持ってる人が観測料を徴収しているという話は聞いたことありませんとか言ってきて」
おれは別に分譲された土地を買ったわけじゃない。購入対象は星を丸ごと、全部なのに。
そう不満げに続けて、皿の上のステーキを丁寧に薄く切る。薄い方が食べる回数が増えて嬉しいと言っていた。そんなつつましい思想の持ち主が、20兆円を借金して惑星だか衛星だかをお買い上げになった、と。
「……今の、どこまで本当?」
「え?」
「そんなに俺と一緒になるのは嫌?」
「…………違うけど、でも、やっぱ無理。おれ子どもが欲しいんだ、三人くらい。あとはできれば孫と、ひ孫と、それ以降も視野」
肉を破るように突き立てられるフォークのごとく、心にぐさりと刺さる一言だった。
子どもを望むなら、俺の出る幕ではないことは一目瞭然だ。人間のオス同士では求めることの不可能な夢。
父親となり、祖父となり、曾祖父となる。温かな家庭を持って生涯を全うすることを思い描いている相手に対し、俺の決意などなんの意味も成さない。
落胆しつつ、じゃあさっきのは聞かなかったことにして、これからも友達でいてくれといったようなことをため息交じりにつぶやいた。
頬が震えるほど美味かったはずの赤ワインも、ステーキも、うまく飲み込むことができない。
それでももう一度グラスを向けられたので、俺は仕方なく自分のを合わせる。
失恋に乾杯だ。
「ごめん、好きだったよ。でも、おれ一代じゃ到底返し切れる額じゃないからさ」
〈了〉
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