狐の嫁入り

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その日はよく晴れた日だった。 母が朝から「お天道様もお祝いしてくれてるわ」と機嫌がいいのは、今日が私の嫁入りの日だからだ。 といってもこれは政略結婚で、落ちぶれ貴族の元に舞い込んだ上流貴族との見合い話。 受ければ我が家の借金は解消され、名も上がる。断れば我が家に未来はない。 両親は2つ返事でこの結婚を承諾した。 家の為、子孫の為、と背中を押され、今日私は顔も知らない殿方の元へ嫁ぎにいく。 一介の小娘にできることといえば、旦那となる人が私の事を奴隷Aくらいにしか思わないド畜生でない事を祈るくらいだ。 半ば自暴自棄になりながら、最後の庭の風景を楽しんでいると、生垣がガサガサっと音を立てた。 「何奴⁉︎」 私は近くにあった薙刀を掴み、生垣を威嚇した。しかし、そこから出てきたのは隣に住む博己さんだった。 「博己さん!」 私は思わず叫び、さっと薙刀を背中に隠した。だが、博己さんにはお見通しだったようで、 「相変わらずだね、花ちゃん」 とクスクス笑った。 博己さんは私の幼馴染で、昔から私にいろんな事を教えてくれる物知りなお兄さんだ。特に植物、中でも花や花言葉に詳しく、昔からよく私を連れ回して沢山の花を見せてくれた。 また彼は、私が他所に嫁ぎたくない理由の1つでもある。 私は穴があったら入りたい思いで、「どうしてここに」と尋ねると、 「お嫁に行く花ちゃんを一目見ておこうと思ってね。昔は『おてんば狐』だなんて呼ばれていた娘がどんなに綺麗になったろうと思っていたんだけど‥」 と言い、博己さんはまたクスクスと笑い出した。 「ひ、ひどい。失礼しちゃう」と私が拗ねると、博己さんは「嘘嘘!」と言い、 「綺麗になったよ」 と微笑んだ。 昔と変わらない笑顔、変わらない無邪気な博己さんに、溜め込んでいた涙がぽろっとこぼれた。 私、やっぱり知らない殿方の所になんて嫁ぎたくない。 私の涙を見て、博己さんは「泣かないで」とポケットから手巾を取り出した。丁寧にリボンがかかって、桃色の椿の刺繍が施された、綺麗な手巾だった。 「新品だから、安心してお使い。君へのお祝いに選んだんだ」 そう言われ、お礼を言おうとすると、「花!」と奥から父が自分を呼ぶ声が聞こえた。うろたえていると、博己さんは 「お行き、花ちゃん。旦那が着いたんじゃないかい?」 と私を急かした。 本当は引き止めて欲しい、なんて言えないまま、ありがとうとだけ言い、私はその場を去ろうとした。 すると後ろから 「おめでとう花ちゃん、幸せになるんだよ」 という声がして、思わず振り返ったが、そこにはもう誰もいなかった。 私はぐっと涙を堪え、そのまま父の方へ走り出した。 博己が花の家の裏門をくぐった直後、ぽつぽつと晴れているのに小雨が降り出した。 「‥今日は『狐』の嫁入りだねえ」 そう呟き、博己は寂しげに自宅へ戻っていった。
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