地下街の歯車

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蒸し暑さと、過酷な労働で滝の様な汗が次から次へと流れる。作業着がその汗を吸い込み肌に張り付いた。ガスマスクを着けている為、顔に流れた汗は拭えず、眼の中に入ってしばし涙を流す羽目になる。 そんな日常でも、仕事があるだけまだ幸せだと思えた。外の世界を知らないで育った俺らは、この技術以外に食うすべを知らない。もしも、明日仕事がなくなったら収入はあっという間にゼロになる。他の仕事先も探してみたが、今の環境よりも条件が下がっていて、とてもじゃないが暮らしていける金額ではなかった。 この工場で製造された部品が、市場に出回って売られている金額は、想像を絶するほどの高額だ。高品質で緻密な造りが、俺たちの誇りだった。だが、どんなに良質な部品を作ろうとも、部品を作る量を増やそうとも俺たちの生活が楽になることは決してない。 給料に反映される金額は、商品を売って出た利益のほんの一部で、その殆どは中心街のやつらの懐を暖めていた。外部との接触が許されるのは、中心街に住む有権者の奴等だ。技術者がその制度に口を出そうが、何の意味もない。結局この街の法律を作るのも、中心街の有権者だからだ。 悔しかったら、世の中を変えたいならば、こちらの世界に入れば良い。中心街の腐った奴らは高い場所から、毎日作業を進める俺らを眺めて優越感に浸っている。 そんな余計なことを考えながら、部品を溶接していたら0.05mmほどのズレが生じてしまった。隣で作業をしていたジョジュアは目ざとく俺のミスを発見する。 「おい、珍しいじゃねえか。溶接はお前が得意としてる作業だろ」 「うるせえな。クッソ、最初からやり直しだ」 俺はガスマスクを外して部品を点検をしたが、やり直しが効く様な段階ではなかった。恐らくあのもうろくジジイからしこたま説教を食らう羽目になるだろう。諦めて欠陥品となった物をジジイの元に持っていき、報告する事にした。 「作業中に、他の事を考えてたら溶接の工程で失敗しました〜。申し訳ござませ〜ん」 俺が声を掛けると、ジジイは自分の身長よりも大きな機械を操作していた手をピタリと止めて、ガスマスクを外した。 「何だと、馬鹿野郎!お前には職人の誇りってもんがねえのか!」 仕事に命を懸けているジジイは、事あるごとに職人としての在り方を語りたがる。マジメに聞いていたら日が暮れるので、報告を済ませた俺はそうそうに持ち場に戻る事にした。 「職人としての誇りなんて、職場の埃に埋もれて見えねえつうの」 そう悪態を付くと、ジョジュアが俺の頭を思いっきり叩いた。頭がワンワンする。力加減を知らない奴だ。 「仕事は、ちゃんとやれ」 そういって、自分の作業に戻った。俺も気合を入れ直して、汗を吸って臭いが酷くなっていくガスマスクを装着し、型を作る作業に取り掛かった。
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