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テレーズも笑うと、ハツキの唇に啄むようにキスをした。
「ああ。ま、一日遅れだけど」
「昨日は学校があったのだから仕方がないよ。誤差の範囲だって」
「だよな」
答えるとテレーズは上半身を起こし、ハツキの頭を撫でた。
「さ、起きよう。シャワーを浴びないと」
「うん」
ハツキも起き上がり、間近から彼の顔を見上げ、それから軽く吹き出した。
テレーズの顔に手を伸ばし、頬に触れる。
「髭、ぞりぞりしてる」
「おまえなあ……」吹き出したハツキにテレーズは呆れた声を出した。
「これが普通なんだって。おまえやユキさんが薄すぎるんだよ。そんなにしょっちゅう笑わなくてもいいだろう」
「だって……。解ってるんだけど、ついね。でも、君だって伸ばしたら似合うんじゃない? 君のお父様は立派な髭を蓄えてらっしゃるし、アルさんも無精髭が似合っているよ」
アルベールはテレーズの三番目の兄である。彼の名を聞いて、テレーズは顔をしかめた。
「嫌だよ。今のところ、俺の好みじゃない」
「まあ、僕も今の君の方がいいけれどね」
「こいつ、適当なこと言いやがって」
テレーズに羽交い締めにされて、ハツキはまた笑い声を上げた。
こんな他愛もない会話も、彼とするのならば至宝となる。
ひとしきりハツキを羽交い締めにすると、テレーズは腕を放してベッドから立ち上がった。
ベッドの下のガウンを拾い上げて羽織り、ハツキのガウンも手に取ってこちらに渡してくる。ガウンを受け取って袖を通すと、ハツキもベッドから立ち上がった。
「さーて。今日も楽しみだな!」
伸びをして次の間のシャワールームに向かうテレーズの背中を流れる長い金髪を眺め、ハツキは微笑んだ。
「うん。……楽しみだね」
──今だけ。この幸せは、今だけ許されているもの。
正気に戻れば、その事実を噛み締めるしかない。
罪は重々自覚している。だからこそ。
──前途溢れる君の未来を損なうようなことだけは絶対にしない。
翠の瞳を閉じ、神に願う。
──天之大御神よ、ユーウィスよ。貴方達のしもべに慈悲を。……僅かでいい、猶予を。
一人残った部屋の冷えた空気に、願いはこぼれ消えて行く。
今は冬の初め。春はまだ遠い。
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