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「薺(なずな)と蘿蔔(すずしろ)」
『リ・・リィ───ン・・・ン・・・』
五月の爽やかな風が日本家屋の日当たりの良い縁側を吹き抜けていく。
今日は気温が高くなりそうだが、風のお陰で汗ばむほどでは無い。
縁側には二人の男女がサンダルを履いたまま腰を掛けていた。
二人は今しがた小さな日本庭園の真ん中にある池の周りを散策してきた様子であった。
「薺館長・・・いや、薺さん。娘さんのことを話してもらえますか?」
右側に腰を掛けていた男が口を開いた。
「・・・ええ、秀人さん。お話しましょう」
左側に腰を掛けていた女はタイトスカートの膝頭を揃え、秀人と呼ばれた男の方に少し向き直り、遠い目をしながら話し始めた。
「あれは、もう26年前になります・・・あの子が生まれたのは、やはりこんな五月の天気の良い日でした・・・」
*** 回想 ***
「ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ・・・」
彼女の枕元にあるベッドサイドモニタがお腹の中の二人の赤ちゃんの心拍数と脈拍数を音とLED表示で知らせていた。
(そろそろ、来るかな?・・・・)
ベッドから身重の身体を半分起こし、端宮 薺は病室の窓の外の青空を見つめていた。
「おはようございます! 端宮さん! お体の具合はいかがですか?」
いつものナースが元気な声で病室に入ってきた。
「ええ、陣痛も昨日の夜以降は無くて・・・何だか久しぶりに良く眠れました」
薺は気分良さそうに答えた。
「あぁ!そうだ!今しがた旦那さんが来られましたよ!」
ナースは看護記録を付けながら薺に体温計を手渡した。
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