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初恋は叶わない。それを知った十四歳、思春期真っ只中。俺の初恋の散り方は酷いものだった。
事件が起こったのは秋。親しい子息達の集まりがあって、俺も兄貴と一緒に顔を出していた。
年上連中がテーブルを囲み、お茶や茶菓子を楽しみながら談笑する最中。俺は隅の方で壁に背中を預けて、スケッチブックと鉛筆を手に座っていた。初恋の相手を盗み見て、着物姿で微笑む尋政の表情を紙に描いた。
その笑顔にドキドキしながら、俺は夢中で手を動かす。
すると、突然彼の取り巻きにスケッチブックを掠め取られた。
「小ブタ、さっきから何描いてるんだよ!」
「何、お前勝手に尋政さん描いてたわけ? 小ブタのくせに、失礼だとは思わないのか」
「だめっ、返して!」
『小ブタ』。その頃の俺がぽっちゃり体型だったから、皮肉で周りからはそう呼ばれていた。
描いた絵に彼への気持ちが入るからそれを本人に知られたくなくて、誰にも見せるつもりはなかった。中二が描く拙い絵だったし。
慌てて取り戻そうとしたのに、それは尋政の前に容易に晒された。
「言えばいくらでもモデルになったのに、恥ずかしがる事はないだろ? 毎日描いてるだけあって、上手く描けてる」
意地悪くニヤついた顔で俺の絵を見る取り巻き達とは対照的に、俺の将来の夢を知っていた彼は優しげに微笑んでくれた。
けれど、自分では出来に納得していなかったのと、尋政に見られた恥ずかしさで感情が爆発した。今まで溜まっていた負の気持ちを、俺はぶちまけた。
「本当は上手いなんて思ってもないくせにっ! 本当は漫画家なんてなれるとも思ってないくせに思わせ振りなこと言うなよっ! 尋政なんて大嫌いだっ!」
周りから馬鹿にされ、夢を否定された不満を全部彼にぶつけた。褒めてくれたんだからそのまま素直に受け止めればよかったものを、被害妄想で全部ぶち壊し。
尋政の目の前でその絵を破り捨てて、俺は羽隅家の屋敷から出ていった。
それ以降、俺が彼の前に姿を見せる事は二度となかった。
─ ─ ─ ────
「……ん……ぁ?」
目を覚ますと顔がテーブルにへばりつき、視線の先には真っ白な紙があった。
プロットを考えている最中、結局何も浮かばないで机に突っ伏したまま寝たらしい。
「嫌な夢見たな……寝覚め悪いし……あー……」
ダルそうな声を漏らして上体を起こせば、寝姿勢が悪かったのかあちこちが痛い。その上、気持ちもモヤモヤする。
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