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久しく呼ばれていなかったあだ名に思わず体が反応した。もう一度振り向けば、俺が落としたであろうフクロウを拾い上げた男性が立ち尽くしていた。
十一年会わない間に雰囲気が変わったけど、すぐにわかった。
「ひっ、尋政……?」
見るからに高価そうな紺色のスーツを着こなし、居るだけでその場が華やかになるような存在感があった。
色気のある鋭さを持つ瞳。服で隠れているものの、程好く逞しさのある体つき。昔だって十分出来上がっていたのに、更に男前になっていた。
会社継いだって聞いたし社長なんだよな。家柄も顔も良いし、これがモテない訳ない。昔の尋政の性格から考えれば俗に言うスパダリってやつか! てか、 これこそ俺が求めてたモデルじゃ……! い、いや……待て待て。
描きたい衝動に一気に火が着きそうだったけど、昔の事を思い出してすぐ頭が冷静になった。あんな態度取っておいて、今更描かせてくれなんて言えない。触ったりしたら引かれる。
思わず伸ばしそうになった手を引っ込めて、心を静めようとぎこちなく笑みを作った。
「ご、ご無沙汰……です。し、仕事?」
「あぁ、近くで用があったから終わったついでに寄った。本家でも会社でもない場所でお前と会うなんて運が良い。昔と比べてずいぶん痩せたじゃないか」
「し、仕事なくてご飯食べられなかった時期もあったし、仕事に熱中するとご飯食べない時もあるから……不規則なせいかも」
「そうか」
久しぶりに聞いた低い声は重みと威厳が増したみたいだ。現当主の尋政の親父さんも、こんな感じだったと思い出した。
「そ、それじゃあ俺はこれで……」
「待て」
居心地悪くて尋政の横を逃げるように去ろうとした時、がっちり腕を掴まれた。尋政は紐が切れて落ちたフクロウを俺の目の前にぶら下げた。
「忘れ物だ。……ちゃんと持っていたんだな。捨てられたかと思っていた」
言い方に含みを感じる。あの時の事を覚えているのかと、気まずくて視線を逸らした。
「す、捨てるなんて……欲しかったものだし……」
「そうか。それにしても、ちょうどいい時に落ちた。これを直すついでに話す事がある。付いて来い」
「え、どこに」
「俺の家だ」
「そっ、それは遠慮する! 俺しばらく本家にも顔出してないし、兄貴みたいに羽隅家の会社に勤めてる訳じゃないから!」
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