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俺が漫画家になると言った時、尋政とその妹以外の羽隅家の人間は渋い顔をしていた。俺が兄貴と同じように、羽隅の会社に入るもんだと思っていたみたいだから。
拒絶している俺の反応を見て、尋政は平然としていて……
「本家にじゃない。俺が一人暮らししている家だ。本家じゃなくても直せるし、あそこに行くとお前の事がなくても面倒になる。お前も堅苦しいのは嫌だろ」
「それはまぁ、苦手だけど……」
一安心したものの、尋政が住んでる家に行くのも気まずい。けれど俺の複雑な気持ちに気付かない彼は、薄く笑みを浮かべた。
「とりあえず、先にお前に会わせたい奴が居る。付いて来い」
「えっ、けど……」
俺の言葉に振り向きもせず、尋政はさっさと先を歩いていってしまった。
「取り巻きにも会いたくないんだけど……」
苦虫を噛み潰した表情は前を行く尋政に見えるわけなく、黙って従うしかなかった。
─ ─ ─ ────
書店を出て駐車場の方に行くと、前を歩く尋政がある車に向かっていった。
高級感のある黒塗りのセダンで、運転席から一人の男性が尋政に気付いて降りてきた。
かっこいい! 運転手……いや、秘書って感じか。
俺のイケメンセンサーがまたしても反応し、視線が釘付けになった。その人は整然とした様子で尋政に声を掛けた。
「社長、目当てのものは」
「手に入った。それより面白い拾い物をしたぞ、崇稀」
「崇稀って……えっ!? 葉街さんっ!?」
名前を聞いてその人の事をすぐに思い出したが、こちらもずいぶん雰囲気が変わった。昔は優しそうでほんわかした雰囲気だった。そんな青年が、今じゃ張り詰めた空気を纏った男になっていた。
彼はいつも尋政の隣に居たが、他の取り巻きと違って俺に冷たい態度を取ることはなかった。彼も俺の絵を褒めてくれた一人だ。
「私の事を御存知で……申し訳ありません。どこかで御会いしたことが……」
彼は俺の事は覚えていない様子だ。きょとんとしていて、首を傾げている。
イケメンの首傾げ可愛い……何かおねだりする場面で描こう……
和んでいる心の声を内に秘め、俺は自分を指差して自ら名乗った。
「あ、あの……かなり昔に会った小歌音富です。小歌真紀央の弟の……」
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