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そう言うと彼はじっくり俺の顔を見て、ゆっくり目を見開いた。
「小ブタ様……。健康的な体になられて……」
「えっと……そのあだ名はもう恥ずかしいし、どっちかと言うと不健康でこうなって……」
「お元気そうで安心しました。お兄さんとはよく話をさせて頂きましたが、お仕事も順調だそうで」
「あ、いや……」
ほんのり微笑む葉街さんと話のテンポがぴったり噛み合わない。
仕事も順調とは言える状況じゃないんだけど……。
「崇稀」
対応に困っていると、ピシャリと尋政の声が俺達の会話を遮った。
「話は家でだ。俺も小ブタとは話したい事が山程ある」
「それは失礼致しました。小ブタ様、どうぞ」
「は、はぁ…それじゃあ、お邪魔します」
葉街さんに促されて車の後部座席に乗ると、尋政も反対側のドアから乗り込んできた。葉街さんの運転で車は動き出す。
十一年前の事が頭にあって、俺から気軽に話し掛けるなんて出来そうになかった。ちらりと尋政の顔を覗いても、口を開く気配もない。葉街さんも運転に集中している。
あ、あの時の事……怒ってんのかな。この空間、地獄じゃないか。
虚ろな表情で窓の景色を眺めていると、俺は突然ぎょっとした。
えっ!? 何してんのこれ!?
尋政が前を見据えたまま、俺の右手小指をぎゅっと握った。
これ、どういうシチュエーション? こういうのって恋人同士が登下校のバスの後ろとかでキャッハウフフな時にするんじゃないのか? 男同士でこれって……
『過去の落とし前はきっちりつけてもらわねぇとな……意味、わかるだろ?』
尋政の声で裏社会的なシチュエーションを脳内再生。
俺の小指……危ない。尋政の家ってそういうしきたりもあったりすんのかな……。てか、話ってそういう話なんじゃ……。
漫画を紙とインクで描いてた時代なら、指でインク擦らなくてよかったかもしれないけど。いや、よくもないけども! 今はデジタルの時代だし、小指ってとっても大事よ! しかもこの作品も、俺の作風もそういうんじゃない!
仕事柄いろいろ妄想するせいで、想像力豊かになった俺。心配で鼓動が早くなり、背中に変な汗が流れた。
早く、着いて、逃げたい。
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