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「あ」
彼に目を向けられ、思い出す。
俺が尋政と会わなくなったのは、彼が大学生の頃だ。
「その後は、お先真っ暗だ」
「そ、それは大袈裟じゃ……」
「全然大袈裟じゃないぞ。前に崇稀が言ってただろ。八つ当たりが酷かったって。あの頃、俺は本当に荒れたからな。兎月と、お前をからかったもう一人を、本家から出入り禁止にしたくらいだ。両家揃えて、従者一族からの永久追放も考えた」
「それはやり過ぎだって!」
尋政も自覚があったのか、慌てた俺の反応に薄く笑って頷いた。
「だろうな。もしそうしていたら、お前にはこうやって会えなかった気がする。葵璃絵達にも必死に止められた。あの二人も深く反省していたから出入り禁止も取り消した。兎月に対して、今でも悪い事をした自覚がある」
兎月さんの事を考えると、多分彼は丸く成らざるを得なかったんだろうと、同情の気持ちが出た。
「それからは、目標を立てて以前よりも学ぶ事に打ち込んだ。いつかやる事を立派にやり遂げたら、お前と会うと。今は、がむしゃらに頑張ってきて良かったと思っている。お前と恋人になって一緒に暮らし、自由にデートまで出来る。今が一番幸せだ」
次期当主や社長になる重圧や責任を乗り越えて、晴れ晴れとした表情を見せる尋政。幸せという単語は、とても感情が込められ、軽々しく発せられた言葉には感じられなかった。
俺は箸を置き、膝に手を置いて姿勢を整えた。
「尋政。フクロウ持ってて俺達が一緒に居たら、もう災厄も振り掛からないし、安心なんだよな?」
「あぁ」
改まったように話す俺の言葉を、彼も箸を置いて聞く姿勢になってくれた。
「じゃあ……これからはずっと一緒なんだし、尋政が昔どこにも行けなかった分、これからはいろんな所に一緒に行こう!」
俺でも彼にしてあげられそうな事は、これだと思った。
「一人にさせた長い時間分、尋政の行きたい所に俺が連れていくから! 一緒に居れば俺も幸せになれるから、その分俺が尋政を幸せに出来るように頑張るよっ」
漫画に出てくるイケメンだったら、ヒロインの女の子が惚れ直すような決め台詞を、もっとかっこよく言えたんだろうな。
俺自身のクオリティじゃ、これが精一杯だ。
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