幸福を感じて

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 本来なら、帰りの車ではデートの余韻にしっとりと浸っている筈だった。けれど、今の車内の空気はすこぶる悪い。俺も緊張感を抱いているし、尋政も話し掛けずらいくらいにイラついている様子だ。  本家で何か遭ったんだろうか。でも、尋政の機嫌がこんなに悪くなる事って何だ。  考えている内に、羽隅家の敷地を囲む厳かな塀が見えてきた。彼が運転する車は、大きな和風の門前で停まる。その奥には、立派な庭と大きな和風建築のお屋敷が見える。相変わらず、近付きにくいオーラが漂う場所だ。  久しぶりにそこを見た俺が固唾を呑み込むと、やっと尋政が口を開いた。 「音富、中には崇稀と兎月も待ってる。お前はあの二人と居てくれ。俺は当主と話をしてくる」 「な、何の話かわからないんだけど……大丈夫?」  不安な顔をしていた俺の頭を、尋政は優しく撫でてくれた。けれど、彼の表情に笑みはない。 「……もしかしたら、この先お前にとっても辛い事があるかもしれない」 「えっ?」 「でも、お前は心配するな。必ずけじめは付ける」  何か、嫌な予感がする。彼は、大丈夫とは断言してくれなかったから。  何が遭ったのか問い質そうとしたら、運転席の窓ガラスをノックする音が聴こえた。葉街さんがこちらを覗いている。 「迎えに来たみたいだな」  「ま、待って尋政! ちゃんと説明してくれないと!」  先に尋政が車から降りたので、後を追うように俺も慌てて車を降りた。 「尋政様、当主が部屋でお待ちです」 「わかった。すまないが、音富を頼む」  葉街さんにそう言うと、尋政は俺を置いて屋敷に入ってしまった。 「尋政!」  胸騒ぎがして、名前を呼ばずには居られなかった。もう会えなくなるんじゃないかと、そんな風に思ってしまって。けれど、彼は振り返ってはくれなかった。 「小ブタ様」  安心感を与えてくれるような優しい声が耳に届く。見上げれば、葉街さんが彼の代わりに俺に微笑んでくれていた。
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