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「少し庭を歩きませんか? 兎月さんもそこに居ますから」
「は、葉街さん……俺尋政から詳しい事、何も聞いてなくて!」
「落ち着いて下さい。歩きながら、私が知っている事を話しますから。屋敷の中では他の従者の目もありますし、外の方が話せます」
葉街さんに促され、俺は彼に続いて羽隅家の門をくぐった。玄関には行かず、鯉が泳ぐ池や鹿威し等がある手入れされた庭へ足を踏み入れた。
「小ブタ様、尋政様に見合い話があったのは御存知でしたか?」
「え」
唐突な発言に、心臓が停まり掛けた。
「い、いや……まったく」
「やっぱり、聞かされてはいなかったんですね。今までずっと、尋政様はそういう話をうまくかわしていたんです。自分は会社の事で頭がいっぱいだから、考えられないと」
初恋が叶わないと思っていた時、いつかは有り得ると想像していた事だ。会社の社長で、当主になるなら当然通る道だと、俺だって頭では理解していた。なのに、それが突然やって来ると、胸の奥が強く締め付けられるように苦しくなった。
「今回は、現当主が痺れを切らして…その席を尋政様に内緒で計画していたんです。私も、今日まで知らされませんでした」
「それじゃあ、今日はその話で……」
「はい。すみません、せっかくのデートなのに水を差すような事をしてしまって」
反省しているようにしゅんとした様子の葉街さんに、俺は戸惑いながら否定した。
「いや、葉街さんが悪いわけじゃないですからっ。それに、いつかはこうなるって俺も覚悟していたつもりだったし……」
「その割には納得してない顔だな」
「えっ!?」
顔を上げれば、目の前にはややふんぞり返って立つ兎月さんが居た。
「お前、尋政さんと付き合ってるのか?」
「そ、それは」
「本当にそうなのかよ……」
答えが顔に出てしまったのか、兎月さんは俺の顔を見てガシガシと頭を掻いた。彼の顔には面倒だと書いている。
「バレたらどうするんだよ。尋政さんが見合いを受けるとは思わないけど、お前との仲が知れたら大問題になるぞ」
「それは……何か言われたら俺もちゃんと説明しますから。どう説明するかは、まだ考えてないですけど」
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