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「言っとくけど、俺、あんま飲まないからな」
大学生になると、「数学」が「経済学」に変わっただけではなかった。みんなで集まるカラオケ大会も、単に盛り上がるだけではなくてコールが飛び交う。
「何で持ってんの! 何で持ってんの! 飲み足りないから持ってんの!」
誘われたときに言ったセリフはすっかり無視され、山手線ゲームでミスをした俺はコールを振られる。少量だったから、仕方なく飲んだ。苦いな、と顔をしかめてみんなが大笑いした後に、「トイレ行ってくるわ」と席を立った。面倒臭えな、と思いながら廊下を歩いていると、トイレの前でスマホをいじっているリナに出くわした。
「ユウトも逃げてきたの?」
半笑いで尋ねる彼女に、俺は悪戯っぽい笑みを向けた。
「そう言うお前も一緒だろ?」
「正解」
パチンと彼女が指を鳴らすと、二人で大笑いをした。
「なに、今んの。格好良いとか思ってんの?」
「ロマンチックっぽいことがしたくなったの。指パッチンって格好良くない?」
「ああ、確かにな」
軽い言葉を交わし、用を足してからトイレを出ると、リナはまだ同じ場所でスマホをいじっていた。彼女とは、もう幼稚園か小学校低学年か、かなり古い知り合いだ。母親が連れていった公園で親同士が知り合いになり、その関係で一緒に遊ぶようになって、ショッピングモールや魚市場などによく連れられていったりした。俺がテニスを始めたと知ると、彼女も「ユウトくんとテニスがやりたい!」と言い出し、同じテニスクラブに通うようになった。小学校も同じで、中学校も同じ。たまたま同じ高校を受験して、たまたま同じ高校に受かった。テニスの件もあって、「真似すんなよな」と言うと、「真似してないし」と彼女は眉根を寄せた。男テニと女テニで別れることとはなったが、部活もリナと同じだった。ひょっとしたら、こういうのを「腐れ縁」だとか「似た者同士」だとか言うのかもしれない。
「真似すんなよな」
「真似してないし」
大学のテニスサークルの初めての飲み会で同席となったとき、俺たちは開口一番にそのやりとりをした。その飲み会が俺たちの関係の話題から始まったこともあって、それ以降サークルで俺たちはカップル扱いされることとなった。もちろん、だからと言って本当に恋人同士の関係にあるわけではなかった。
「リナってさあ」
「うん」
「落ち着いて見ると、マジで可愛いよな」
「酔ってんの?」
「大分」
「ユウトさあ、酔うとすぐに女の子を口説く癖、直した方がいいよ。この間、マホもユウトにネイル褒められたって言ってたし。あんた、マジで細かいとこ見てるよね」
「まあ、モテたいからな。知ってるか? 美人ほど顔を褒めちゃいけないらしいぜ?」
「あたしのことディスってんの?」
「おっと。失言、失言」
「っていうか、大丈夫なの? この会話、ぜんぶ録音してるけど」
「いいよ。リナだもん」
リナは鼻で笑った。
「後輩たち、みんなユウトに憧れてんだよ。イケメンだし、面白いし、優しいって。そんなユウト、あたしにも見せてほしいわ」
「なあ、リナ」
「何?」
「突然だけど、俺と付き合おうぜ」
言うと、リナは噴き出した。
「めっちゃ唐突」
「俺たちさ、勝手に周りから付き合ってるって扱いにされてるけど、そういうわけじゃないじゃん。だったら、いっそのこと付き合っちゃおうぜ」
「って言うと?」
「俺の彼女になれよ」
本気で言ったわけじゃない。「バーカ。水飲めよ」とか「今の音声、みんなにバラすからね」とか、そんな感じのセリフを期待していたのは違いない。それが、俺たちが約二十年の間に培ってきた共通認識的な「やりとり」だからだ。しかし、リナは顎に手を当て、ふうむと悩んでみせた後、奇妙なまでに爽やかな笑顔で頷いた。
「うん。いいよ」
その瞬間、俺はどのように反応すれば良いのかわからず、ぱちくりと印象的な瞬きをひとつした。細かいことは抜きにしよう。これが俺と彼女の「始まり」の瞬間だった。
× × ×
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