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「ねえ、あたし、来月誕生日なんだけど」
大学生になって変わったのは、カラオケが飲み会になっただけではない。同じようでどこか違和感のある関係が、俺たちの間で始まった。思い返してみれば、二人きりで遊ぶのは、中学一年生のとき以来だと思う。お互いにそれぞれの友達同士で過ごす時間が忙しかったし、それぞれに別の恋人だっていた。学校でちょっと会話するくらいの関係が続いて、大学生になってから、ようやく飲み会でよく話すようになったほどだった。
「ああ。そうだっけ?」
「もしかして、忘れたの?」
別に怒った様子はなく、からかうような調子で眉根を寄せた。
「覚えてるわけねえだろ。つうか、小学校の時だって祝った記憶はねえよ」
「六年生の時、薔薇の花一輪くれたじゃん。あのとき、めっちゃ嬉しかったんだよ」
言われて、思い出した。何かのドラマに影響されて、女の子に花をプレゼントするというシチュエーションに憧れていたのだ。そんな黒歴史が鮮明に蘇り、かーっと赤くなった俺を見て、リナは声に出して笑った。
「あのネタ、中学とか高校のときに友達に話したんだけど、超評判良かったんだよ」
「話したのかよ」
「今だから言うけど、当時ユウトの人気って結構凄かったからさ。ま、そんなユウトを、今はあたしが一人占めしてるわけだけど」
「俺と付き合えたことに感謝しろよ」
「調子乗るなよ」
顔を綻ばせ、リナは人差し指で俺のこめかみを突き飛ばしてくる。それから近寄ってきて、いたいけな子犬みたいな上目でおねだりをしてくる。
「あたし、誕生日はエルメスのバッグが欲しいなー」
じいっと見つめ合い、俺は人差し指で彼女の額を突く。
「調子乗んなよ」
「ケチ」
恋人同士の関係を続けていると、リナの女性としての魅力に気付くようになった。
まず、手が柔らかい。初めて彼女と手をつないだとき、「リナも女だったんだな」とつぶやくと、心の底から蔑むような視線をぶつけられたことは記憶に新しい。相手が幼なじみであろうと、言っていいことと悪いことの境界線はあるらしい。
次に、意外に料理上手。リナはハキハキして物怖じしない快活な性格だったし、男勝りなところもあったからずっとがさつだと思っていたのだが、思いのほか器用で潔癖なのだ。彼女の部屋は常にきちんと整頓されているし、サラダや唐揚げ、白いご飯と家庭的な料理が並んだときは、本気で彼女との結婚生活を想像してしまった。
笑顔が可愛いとか、たまに甘えてくるところとか、彼女のことについて話せばきりがないけれど、いつしか俺は本気で彼女のことが好きになっていた。だから、誕生日は彼女にとって記憶に残るような最高の一日にしたいとも思っていた。
「そういや、誕生日、おめでとう」
俺は料理が作れないし、どうすれば誕生日っぽい食卓になるのかもわからないから、夕食はファミレスで済ませた。内心、「それだけ?」と思っていただろうが、俺は彼女の落胆ぶりを想像して楽しんだ。ちょっとオシャレなだけのファミレスに予約もせずに行って、プレゼントもなく「おめでとう」の言葉だけ。一瞬、むっとした表情をしたものの、彼女はそれを表に出すことなく、その時間を過ごした。食事の後に家に行くという予定になっていたから、すんなりとリナを連れ込むことができた。正直、ちょっと帰りたそうにしていたが、約束は約束だし、というわけだったのだろう。けれど、俺にとって本番はこれからだ。
「リナ、誕生日おめでとう」
家に帰ってしばらくゆっくりした後、俺は用意しておいたバースデーケーキを出した。板チョコに「リナ、誕生日おめでとう!!」と書かれているのを見ると、彼女は「そういうの反則でしょ!」と飛び上がって喜んだ。
「あぁん、もう。そんなことされたら、好きになっちゃうじゃん!」
抱きついてくる彼女の頭を撫で、「好きじゃなかったのかよ」と俺は苦笑する。
「で、誕生日プレゼント。エルメスのバッグは無理だったけどさ、これ」
そして差し出したのは、ティファニーのネックレスだ。本当はエルメスをプレゼントしようと思っていたのだが、値段を見た瞬間に諦めた。それでも、バカ高かったんだからな、と愚痴をこぼしたくもなったが、そんなことを言うのは格好が悪いだろう。リナはネックレス を受け取り、嬉しさを隠しきれない口元をぽわんと綻ばせながら、自分の首元に合わせる。
「あんなの冗談に決まってんじゃん。すごく嬉しい。ありがとう、ユウト」
「それと……」
立ち上がると、彼女は「今度は何?」と驚いたように見上げた。俺は隠しておいた白い花束のブーケを取り出して手渡す。
「ヤバ……」
彼女は抑えられない笑みのままにそれを受け取った。
「アングレカムって花なんだけど、その花言葉、知ってる?」
「え、何? 何? 教えてよ」
「『いつまでも一緒』」と俺は言った。「正直、あんな告白、酔った勢いで適当に言っただけだったけど、俺さ、いつのまにかリナのことが本気で好きになってた。俺とリナとは小さい頃から今までずっと一緒だったし、これからもずっと一緒にいたいと思ってる。だからさ、改めて言わせてほしい。これからも、俺と付き合っていてください」
恥ずかしくて、どうにも流暢に言葉が出てこなかった。けれど、最後まで聞き終え、リナは「何言ってんの?」と破顔した。
「こんな綺麗な花……ううん、『花言葉』を受け取ったからには、返さないわけにはいかないじゃない」
リナは、じいっと俺の目を見つめ、言った。
「私たちは、『いつまでも一緒』だよ。昔から。そして、これからも」
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