捨て子

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捨て子

両親が事故で死んだのだと言う。 家で両親の帰りを待っていたオレは事態を飲み込めずに滅多に会ったことの無い親戚とやらに喪服を着せられ、両親の遺影が並んで飾ってある棚とその下の小さな形だけの箱を見た。 遺体は悲惨なものらしく、まだ幼いオレが見るものでないと親戚に止められたので両親を亡くした感覚のないまま、見たことのない複数の親戚一同に親権の譲り合いを見せられ、押し付けられた父の妹だと言う叔母夫妻に嫌々引き取られることとなった。 その3日後のことだ、オレは見知らぬ山奥で置き去りにされたのは。 『慶吾くん、楽しいところに連れてってあげるね』 と叔母の旦那に声を掛けられ、返事をする前に車に乗せられ、数時間掛けて車を走らせた末、車から降りるよう言われ降りたところでドアが閉まり、車は物凄い勢いで来た道を戻っていった。 棄てられたのだ。 幼いながらにその意識がしっかりとあり、泣きすらしなかった。 そう言うところなのだろう、親戚一同に気味悪がられたのは。 親を亡くしたのに感情を動かさず、叔母夫妻の家で過ごした僅かの間も一喜一憂しない気味の悪い子供、最初から『要らない』存在だったのだろう。 「オレも、しぬんだ」 両親が死んだと聞いてから、初めて声が出た。 まだ喋れたことに自分でも驚いたのかも知れない、両親と過ごしていた間はよく笑ったり泣いたりしていたのだが、自分がこんなに感情を失ったことに驚くことはない。 きっとオレの感情も両親と共に失ったのだろう、と幼い、5歳の自分は悟り、そうして横たわりながら笑ったのを覚えていた。 夜が更け、朝が来、そしてまた夜が訪れて。 じっとそのまま横たわり続け、空を見上げていた。 空腹だったが、空腹を越えれば世界から消えられるのだと思っていたから耐えられる。 早くこの空腹から解放されたい、それだけだった。 飢えて、飢えて、飢えて。生きていることを否定されているのに体はなかなか生きることを諦めず空腹を訴え続け、もう一度朝が来た頃。 「君、君! 大丈夫か!? どうしてこんなとこに子どもが、……脈はまだあるがかなり衰弱してる、君、もう大丈夫だからな!」 見知らぬ声と共に抱き起こされ、壊れ物のように運ばれたのだけは、今も覚えているんだが、それはそれだったりする。 そう、オレは生きている、10年経った今も。 「おっはよーっす、おーじさん!」 「う、ぉ……慶吾ー、おじさんはやめろつってんだろ、おじさんは!」 背中を平手打ちした相手は、背中ではなく腰を擦りながら恨めしげにオレを睨む。 近頃白髪が気になり始め染髪剤の購入を目論む50代男性、こと浅間広臣さん。 オレを10年前に養子にしてくれた気前の良いおじさんだ。 「だって広臣さん、おじさんじゃん。ずっと前からおじさんなのにおじさん度数上がりきってもう完璧なおじさんだよ、パーフェクトおじさん」 「あー、若者の鋭利な言葉に傷つけられてるー。ほら早く席に着いて朝飯食えよ」 「やった、ベーコンエッグサンドだ! 広臣さん作ってくれたの、愛してるう!」 「作ったのは俺じゃないぞー」 「……は? 前言撤回を要求するんだが? 広臣さんじゃねえってことは、ゲロゲロ、昌磨くんじゃん?」 「そうだが、朝から本当に騒がしい奴だなお前は」 「げっ、しょーま、てめえいつから居やがる!?」 「お前より先に居るよ、決まってるだろ」 このクソ生意気な口を聞く、ダイニングテーブルの向こうのソファ、テレビのチャンネルを合わせながら新聞をチェックすると言う広臣さんよりジジ臭え行為が似合う男、こと広臣さんの息子の浅間昌磨はこっちに顔を向けると人をゴミを見るように顰める。 「慶吾、お前まだパジャマなのか。制服に着替えてから部屋を出ろって言ってるだろ」 「オレが昌磨の言うこと聞くと思ってんの?」 「朝飯抜きにするぞ」 「……しっかたねえなあ、今回だけだかんな」 「はあ、良いから着替えて来い」 口うるせえ奴だ、オレの母ちゃんになるには20年早いぞ。 朝飯抜きにされては困るので仕方なく着替えてから戻ってきたオレに、はあ、ともう一度深いため息を溢した。 オレのお気に入りのパーカーにダメ出しをしたいご様子だが、残念なことにうちの学校は学ランの下は自由なのだ。 生憎と同じ学校なので、諦めた昌磨の視線が逸れたところでようやく朝飯に口を付けたのだった。 ぶっちゃけ広臣さんより昌磨が作る飯のが美味いのは火を見るより明らかなんだが、それを昌磨に言うのだけは絶対に嫌なので表情を殺しながら食えば「お前なんて顔で食ってるんだ」と広臣さんが仕方なさそうにコーヒーをくれた。 どうやら喉を詰まらせたと思ってくれたらしい、無駄に砂糖が入れられたそれは広臣さんの甘さに比例していて嫌いじゃない。 捨て子だったオレを拾った浅間家は、広臣さんと息子の昌磨……どうやら、奥さんは男を作って蒸発してしまったらしく、どこもかしこも録な人生じゃねえがそう言う録な人生じゃねえ奴が集まればなかなか悪くねえのかも知れねえ。 オレは浅間慶吾になってからの10年とちょっと、とても楽しく第2の人生を過ごしているので生きていることを肯定されることは、なんと言うか良いモンだ。
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