だいすきな君と、だいすきなわたしと、そしてやっぱりだいすきな君

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だいすきな君と、だいすきなわたしと、そしてやっぱりだいすきな君

 わたし、長澤美織(ながさわみおり)は、同じ高校の1年2組に通う岡本武(おかもとたける)くんが好き。  保育園からの幼馴染だとか。  優しくて明るいとか。  あと、顔もわりとカッコいい、とか。  理由はいろいろあるけれど。  一番のきっかけは、小学二年生のとき。  車に轢かれそうになったわたしを、武くんがかばってくれたことがあったんだよね。それからわたしは、ずーっと武くんを見ています。――でも、 「武くん、……あのね、今日、いっしょに帰らない?」 「悪い。今日は友達と約束あるんだわ!」  武くんは、わたしを相手にしてくれない。  悲しいなあ。これじゃ彼女になるなんかとても無理。  わたしは今日もため息をつきながら、家に帰ります。――なんて、人気のない路地をとぼとぼ歩いていた、そのとき、  ヒュンッ……!  目の前に、ひとが突然現れた!  ちょっ……な、なに!? なんなの!? 「計算通り。無事に着いた」  目の前のひとは、メガネをくいっと上げながら言った。  って、よく見たらこのひと、 「た、武くん!?」 「君はこの世界の美織だな? よかった、ちゃんと出会えた!」  この世界?  どういうこと? 「実はな。……オレは、一年前に美織が死んだ世界からやってきた武なんだ」 「はいっ!?」 「並行世界(パラレルワールド)ってやつだよ。SFで見たことないか?」  彼が言うには。  世界はひとつではなく、あまたの可能性があるらしい。  例えばわたしと武くんが保育園で出会わなかった世界。  わたしと武くんが同じ高校に進学しなかった世界。  武くんがわたしを事故からかばわなかった世界。  あくまで可能性だけど。  いろんな世界があるらしい。 「そしてオレは一年前に、君を病気で失った世界から、やってきた武なんだ。……オレは美織を亡くしてから、自分の気持ちに気が付いた。オレの中でどれだけ美織が大切な存在だったか」  う。  目の前の武くんは、わたしの好きな武くんじゃない。  とはいえ、同じ顔で同じ声の武くんからそう言われると、正直、……嬉しいし、照れる。 「美織を失ったオレは、それでも、もう一度、美織に会いたいと思ったんだ。そこで並行世界を移動する機械を作って、この世界にやってきたんだよ」 「えっ、武くんが作ったの!? そんな機械を!? た、武くん、天才じゃないの? ヤバくない……?」 「美織に会いたかった。その一心で作りあげたんだ」  そこまで言うと武くんは、真摯な眼差しでわたしを見つめながら、 「好きだ、美織」 「っ――」 「オレと付き合ってくれ」 「あ……」  ふいに、胸が高鳴った。  彼はちがう。わたしの世界の武くんじゃない。  そうは言っても、頭では分かっていても、武くんと同じ顔をしたひとから、夢にまで見た告白を受けたら、わたしは、わたしは―― 「ちょっと待った!」  そのとき声がした。  振り返ると、そこには、 「武くん!?」  そう、こちらの世界の武くんが立っていた。  メガネの武くんを、露骨に睨みつけている。 「武くん、友達と用があったんじゃないの?」 「それはもうとっくに終わった。……帰り道に美織の姿を見かけたから近付いてみたら――事情は聞かせてもらったぜ。……おい、俺!」  武くんは、武くんを。  えっとつまり、うちの世界の猛くんが、メガネの武くんを怒鳴りつける。  ややこしいね、これ。 「お前、なにうちの美織に告白してんだよ。お前はこの世界の人間じゃないんだろ!? 付き合うとかおかしいだろ!」 「世界間移動は容易にできる。交際はそう難しくない。結婚となるとちと手間だが」 「け、結婚だと! 馬鹿野郎! いきなり話を飛ばしやがって。だいたいなんだよ、そのもったいぶったしゃべり方は! お前、本当に俺か?」 「美織を失い、科学の道にまい進すればこうもなる。性格だって変わりもする。君こそ、オレとは思えないほど野蛮だな」 「うるせえ、うるせえ! 冷静に言いやがって。だいたいこっちの美織は、お前の好きな美織とは別人だろ!? それを好きだなんて……」 「いや、彼女は限りなくオレが愛した美織に近い。顔も性格も瓜二つだ。まあ似ているのは当然だが」 「だからって、美織が死んだからって、――そりゃお前はかわいそうだけど、その代わりにうちの美織に手を出そうって根性は気に入らねえ!」 「理解できないか? もし君が美織を失ったら、そして別の世界にいけば、限りなく同じ存在の美織と出会えると知ったら、……どうする?」 「いや、それは……」  武くんは言葉に詰まった。  うまく反論できないみたい。  気持ちは分かる、といった表情。 「……でも、だめだ! こっちの美織には俺がいる。お前には渡さねえよ!」  武くん……。  しゃきっと言ってくれた。  渡さないって……わたしのこと、やらないって言ってくれた。  いつもは、あまり相手してくれないのに。  ……嬉しい。本当に嬉しいよ。武くん。 「渡すも渡さないも、それを決めるのは美織だ。そうだろう?」  メガネの武くんが、わたしを見つめてきた。  ものすごく真面目な顔だ。 「美織。オレと来てくれ。今度こそ君を守り抜く」 「美織、行くな! この世界に留まってくれ!」  ふたりの武くんが叫ぶ。  ど、どうしよう。こんなのってある?  ふたつの世界の武くんが、わたしの取り合いになるなんて。  もちろん、わたしが好きなのはこっちの世界の武くん。  だけどメガネの武くん、さみしそうな顔。……すごくかわいそう。わたしが死んじゃって、それでもわたしに会いたくて、世界の壁を越えてやってきて。こんな武くんの告白を断るなんて、そんなこと、やっていいのかな?  わたしだって、もし武くんがいなくなったら、……きっと毎日、泣いてしまう。  メガネの武くんみたいに、どんな形でもいいから、もう一度武くんに会いたいと願うと思う。  だからわたし、メガネの武くんの気持ち、すごくよく分かる。  でも。  わたしにはやっぱり、こっちの世界の武くんだっているわけだし。  ああ……もう!  どうしたらいいの!?  わたし、どんな世界の武くんだって傷つけたくない。  幸せになってほしいよ。  もう!  なんでメガネの武くんの世界にいたわたしは、死んじゃったの!?  いなくなったらダメだよ。武くんをひとりにしちゃダメだよ。  わたしだって、もし武くんが死んじゃったら絶対にイヤなんだし……! 「……あれ?」  そのとき、ふと気が付いた。 「あのさ、武くん。……えっと、メガネの武くんのほうね? ――あのね、武くんの世界のわたしは死んじゃったんだよね?」 「ん。……うん」  思い出すのも辛い、といった顔の武くん。  そんな彼に向かって、わたしは言った。 「だからさ、その。……ほかの並行世界を探せば、わたしじゃなくて武くんが死んじゃった世界も、もしかしてあるのかな? ……なんて」 「……なに?」 「俺が死んだ世界ぃ?」  ふたりの武くんは、顔を見合わせた。  息がぴったり。さすが同じ人間だなあ。  って、変なことに感心している場合じゃなくて。 「あのね、もしも武くんが死んじゃった世界があるとしたら、その世界のわたし、すごくさみしいと思う。とにかく落ち込んでいると思う。もう一度、もう一度だけでも、武くんに会いたいって思っているはずだよ。  ……だから武くん。機械で並行世界を移動できるなら、お願い。このわたしじゃなくて、どこかの世界でひとりぼっちになっているわたしを見つけてあげて。そして、そのわたしを、好きになってあげて!」 「……ひとりぼっちになっている美織を、見つけ出す……?」 「うん。……もしわたしと武くんが出会ったら、絶対にまた、お互いを好きになるよ」  わたしは自信を持って言った。 「だって、わたしと武くんなんだから!」  笑顔でそう言うと。  メガネの武くんは、ちょっと虚を突かれた顔で。  だけどすぐにはにかんで。  わたしの好きな武くんの表情で、大きくうなずいてくれた。 「しっかし、変な事件だったなぁ」  メガネの武くんが消えたあと。  こっちの武くんとわたしは、家に向かって歩いていた。 「まさかよりにもよって並行世界の自分が、美織を巡るライバルになるなんて思わなかったなぁ」 「メガネの武くん、幸せになれるといいね。……きっとまた、別の世界のわたしと出会って、……好き同士になってくれるよね?」 「なるさ。それは間違いねえ。……それにあいつだって俺なんだ。……根性、見せてくれるさ。絶対に幸せになれる。決まってるぜ」  武くんは、なんだか誇らしげに言った。  まあ、世界を移動できる機械を作った時点で、すでにメガネの武くんの根性ってものすごい気がするけれど。 「ところでさ、武くん」 「ん?」 「気が付いてる?」 「なにが」 「その――」  わたしは少しうつむいて、 「もうわたしたち、告白同然の状態ってこと」  顔が、自分でも赤くなっているのが分かる。 「あ――」  武くんも、真っ赤になった。  やっぱりいま気が付いたんだ。  メガネの武くんと出会ってから、うちの美織、とか。  美織は渡さないとか、もう、いろいろ言ってくれて。  武くん、わたしのこと、好き……。  で、いいんだよね。そうだよね? 「……ん、うん、まあ、その」 「……はっきり言ってよ」 「いや、つまり。……はは、幼馴染って難しいよな。うん、まあ、ずっと前から俺、それだったんだけど、なかなか、こう……」 「だーかーらー! はっきり言ってよ!」 「おうっ!?」  わたしは武くんに向かって、大声を張り上げた。 「根性見せてよ。メガネの武くんみたいにさ!」 「…………」  すると武くんは、そこでしっかりと立ち止まった。  そして、こほん。なんだかわざとらしく咳払いをして。  でも、だけど、きりっとした顔で。  そう。  メガネの武くんとまったく同じ真摯な眼差しで、わたしに向かって言ってくれた。 「好きだ、美織。俺と付き合ってくれ」  その言葉。  一番欲しかったもの。  わたしの返事は、もちろん決まってる! 「……はいっ!」  太陽が西に落ちていって。  あたりが、キレイな紅色に染まっていく。  今日が終わっていく。だけど世界は、きっと明日も美しい。  そっちの世界も、絶対にキレイな世界だよね?  ね。メガネの武くんと、きっとまた出会えたわたし!
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