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 眩しい程、真白に輝く空間の最後に、分厚い雲の層があった。その中を上り続けると、突如、何かの花のような甘い香りが漂ってきた。  やがて、視界が開け――マンホールから這い出すが如く、雲の穴から抜け出した。 「……ここが」  極楽か――。  仰向けに転がる。地べたすら、低反発のマットレスのように心地良い。  清浄な空気が緩やかに流れ、額に張り付いていた前髪が微かにそよぐ。  明るい世界に目が慣れてくると、遥か上空は淡い水色に染まり、そこに筋雲がたなびいている。あまりにも、平和で長閑な風景――。 「――ククッ」  腹の底から愉悦がこみ上げる。  やった。俺は、奴らを出し抜いた。今頃、あの薄汚い地獄で、間抜けな面を揃えて糸が大きく揺れるのを待っているだろう。想像するだけで滑稽だ。 「ハハッ……アハハハ……!」  一頻り高笑いして、流れた涙を手の甲で拭う。ガサッと異音が耳の近くで聞こえたのは、その時だった。次の瞬間、花の香りが途絶え、妙な生臭さが鼻をついた。スッと辺りの空気が変わる。 「ギッ……ギギィ……」 「ひっ……!」  俺の身体を跨ぐように、赤黒く巨大な蜘蛛が覆い被さっている。柱のように太い脚には、細かな黒毛がびっしり生え、俺の胸の真上には紅く光る眼が8つ――無機質なのに、興奮が伝わってくる。 「嘘だろう……ここは、極楽じゃないのか……?」  唇が震える。流し切ったと思われた汗が――脂汗が止まらない。 「知ランノカ? 蜘蛛ノ糸ハ、餌ヲ捕ラエルタメニアルンダゾ」  人間の言葉を発した大蜘蛛は、ギギギギ、と不快な笑い声を立て、鋭い顎を大きく広げた。 【了】
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