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 詐欺、欺瞞、虚言、流言、捏造――そんな罪を犯した者共が責め苦を受ける地獄、ここは地獄の中でもそういう場所なのだそうだ。  確かに――俺は、欺いてきた。あの政策に無理があったことは分かっていたし、それが実施されれば、多くの零細企業が経営破綻に追い込まれることは、十二分に予測可能だった。それでも、法案を通すために陣頭指揮を任ぜられた俺は、情報を操作し、数値を改竄(かいざん)して、野党と世論を黙らせた。それが、党の――政府の指示だったから。 『お前がっ! お前らが、店を潰し、家族を奪って、俺の人生を滅茶苦茶にしたんだぁっ!』  後に、世紀の悪法と批難された、あの経済政策を実施するための特例法は、予測通り数多の経済的弱者を淘汰した。その中に、創業150年を誇る老舗の和菓子屋があった。伝統の味を守り続けた職人でもあった店主は、金策に駆け回る間に精神(こころ)を病んだらしい。そして、和菓子の細工に使う菓子(はさみ)で、就寝中の妻と祖母、中学生の娘の首を刺し、自らも首を括ると、店に火を放った。高校生の息子だけが、修学旅行で離れていたために独り生き残った。世間は彼を悲劇の主人公として祭り上げ、しばらくの間、テレビ画面で彼を観ない日はなかった。  やがて半年が経ち――世間が、彼の悲劇を忘れ出した頃、党の事務所が襲撃された。職員を人質に立て籠もり、灯油を撒いて放火した。父親と同じように――。  俺とは違う場所かもしれないが、あの青年も、遅かれ早かれ地獄に来るだろう。
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