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 その糸は、希望を孕んでいるからだろうか、薄ら虹色の光を放ちながら、下りてきた。 「あ、止まった」  まるで地べたを這う俺らを試すみたいに、糸は頭上3mくらいの所で、ピタリと動きを止めた。特別なアスリートでもない限り、手を伸ばしてジャンプしたところで、ギリギリ届かないに違いない。 「……おい、神田。馬になれや」  羽田の瞳に、仄暗い(ともしび)が見える。コイツも、思い当たったのだろう。 「待ってくださいよ。アレ、羽田さんのだって言う証拠、あるんですか?」 「はあぁ?!」  普段、飄々としたとぼけ顔のオッサンの眉間に深い敵意が刻まれる。コイツもこんな表情するのか――まぁ、ここに居るのは皆罪人なんだから、驚くこともないのかもしれない。 「うーん? 何だい? 騒がしいねぇ」  羽田の大声に、蒲田が目を覚ました。  気付くと、泣いていた筈の若者までが、真っ赤な瞳で俺らを見上げている。 「アレだよ、あの糸! 俺が先に見つけたってぇのにな、コイツがよぅ、訳の分からねぇ言いがかり付けてくんだよ!」  羽田は興奮した様子で、あろうことか天空から垂れた虹色の糸を指差した。馬鹿が。  地べたの2人も、一斉に目を凝らし、その存在を認めてしまった。 「やぁ、こりゃ凄い! 本当に、救いの糸ってあるんだねぇ!」 「あぁ……神様、仏様! 哀れな僕をお助けくださるんですね……!」  彼らは、思い思いに感動を吐き出している。 「あぁ? 何だ、何だ、お前らまで! ありゃあ、俺のモンだぞっ!」  羽田は糸の真下で仁王立ちすると、他の者を近付けまいとするように、ブンブンと腕を振り回している。 「そんなん誰が決めたんだよぉ? アンタの宛名でも書いてあんのかい?」  蒲田は、如何にも小馬鹿にしたように、突き出した太鼓腹の脇に両手を当てると、せせら笑う。 「いやいや……あの糸は、僕のために使わしてくださったんです! 僕は、騙されて罪に手を貸してしまっただけなんですから……!」  気弱に見えた若者までが、ブルブル震えながらも、自分のモノだと主張し始める。  これは、マズい。競争率がグンと上がってしまった。地獄から万に一つでも助かる可能性があるのなら、あの小説の主人公のように、誰だって他人を蹴落としてでも、この細い糸に縋るのは当然だ。  それに、これ以上騒ぎを大きくして、周辺を彷徨く他の亡者共に気付かれてはならない。 「皆さん、いいですか! 全員(・・)助かるように、冷静に作戦を立てましょう」  一息吐くと、俺は彼らの前に踏み出した。
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