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國宮(クニミヤ)という男
「土井さ〜ん、穴あけパイル持ってきてくれますか〜。」
若い女がそういうと、大柄な男が不満そうな顔をしながら
手動の掘削機を持ってきた。
「あのなぁ、ちょっとは新入りらしく申し訳なさってもんをだなぁ…」
「いつもありがとうございます、土井センパイっ♡」
「ったく。なんで俺はこうも仲間に恵まれないんだか。」
土井はブツブツと不満を垂れながら、女に支持された部分の土を、掘削機で掘り下げていく。5分ほどで深さ1m程のこぶし大の穴が空くと、傍らに置いてあった円筒形の機械を、上部を少し残してスッポリとその穴に差し込んだ。
「じゃ、いきまーす!」
女はそういうと、頂点のフタを開け、中にあるスイッチを起動させた。フタを閉じると頂点部分が青く点滅している。
「よし、完了っと。國宮さ〜ん、終わりましたよ〜。」
女は周りを見渡すが、返事は返ってこない。
「なんだ、一緒に居たんじゃないのか?」
「はい、ちょっと先を見てくるって言って、森に入って行きました。」
「アイツまたどこかで釣りしてるんじゃないだろうな。」
「えっ、國宮先輩ってそんなことしてるんですか?」
「イズミはまだ見たことなかったか、國宮がサボってるところ。」
泉が首を横に振ると、2人は森の中へ歩き出した。
「聞こえるかイズミ。どこかに川が流れてる。」
「かすかに聞こえますね。」
2人はさらに奥へと進んでいく。川らしき水の流れる音は、少しずつ大きくなっていく。するといきなり「バチッ!」という何かが爆ぜる音がした。
音のなった方を見ると、うっすらと煙が上がっているのが見えた。
「おい國光、お前ちょっとは手伝えよな!」
そういって土井と泉が煙の方に近づいていくと、横たわった丸太に座る國宮の姿があった。
「おぉいいところに来たな。食うか?」
國宮はそう言うと、枝に刺さった魚を2人に向けて差し出した。
地面には他にも2匹の魚が焼かれている。
「わぁ、美味しそうですね!」
泉は目を輝かせて、差し出された魚を迷わず受け取った。
土井は呆れて腰に手を当てる。
「お前ちょっとは新人の前で先輩らしくしろよな。」
「そういうお前はニジマス食わないのか?ホクホクして美味いぞ。」
土井は素早くニジマスを受け取ると、口いっぱいに頬張った。
「よしっ、これで共犯確定だな。」
國宮はそう言って二カッっと笑った。
3人は作業をしていた山から下りると、駐めてあった車に乗り込んだ。
運転席には土井、助手席に泉、後ろの席には國宮が座っている。
「土井さん、帰り運転しなくて大丈夫ですか?」
土井は泉の言葉を待たずにエンジンをかける。
「俺は運転するのが好きなんだ。これからも気にしなくていい。」
「コイツは他人が運転する乗り物に乗るのが嫌いなんだよ。心配性だから、何でも自分で運転しないと気が済まないんだ。」
「コラっ、余計なこと言うな。」
土井は恥ずかしさを紛らわすように、アクセルを踏み込む。その赤らんだ顔を見て泉が笑った。
「國宮先輩は休日も釣りとか行かれるんですか。」
「あぁよくいくよ。長期のときなんかは泊まりで行くこともある。」
「へぇ〜、釣りってそんなに面白いんですか。」
「まぁな。自然のことがよくわかるし、考え事をするのにもいい。俺たちみたいな地質研究を生業にするものにとってはぴったりの趣味だ。もっとも、最近のよくわからん機械を打ち込むだけの作業には、なんの役にも立たないがな。」
國宮は窓を空けて遠くを見つめる。
「お前はその作業すらやってないだろ。趣味もほどほどにしろよ。泉も、こんなやつなかなか居ないから、普通だと思うな。わかったか?」
土井は相変わらず機嫌が悪そうだ。泉はこの仕事を初めて半年ほどになるが、この2人の作り出すおかしな空気が嫌いではなかった。
「あの観測機っていつ頃から設置が始まったんですか?」
「ちょうど2年ほど前からかな。最初は少しずつって感じだったが、イズミが入ってくる前ごろから、めっきりあの作業ばかりになってきた。」
土井が前を向いたまま泉の質問に答える。
「でも、あれで地殻変動の情報が正確にわかるなら、早くやった方がいいですよね。また大きな地震がいつくるかわからないですし。」
「そうだな。本当はもっと研究らしい仕事をしたいもんだが、国のためなら止むを得ん。だから國宮も頑張ってくれよ。聞いてるか?」
土井がバックミラー越しに後部座席を見ると、國宮は無言で手を上げて答えた。目線は相変わらず遠くを見つめたままだ。
ため息とちいさな笑い声が、後部座席の窓から外へと消えていった。
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