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 街の安酒場でジンノとハルキと飲むことになった。あれからふたりとは会っていない。仲違いしたわけではないが、ゾンビ初心者のふたりもそれなりに忙しいらしい。「今日は俺たちの奢りだから、絶対来いよ」そう言われて行かない理由はなかった。 「おう、こっちこっち」  ボロボロの服と手を、千切れそうに振るジンノがいた。テーブルにはハルキともうひとりの姿が。知らない顔だ。ただ間違いないのは三人ともゾンビってこと。 「おう。こっち座れよ」ジンノが自分の隣を指した。 「何、飲む?」 「とりあえずはビールでいいか」  ハルキが店員を呼び、四人分のビールを注文した。愛想よく注文を取りに来た若い女の店員もゾンビだった。周りを見渡すと、かなりの数のゾンビに囲まれているのがわかった。どこもかしこもゾンビだらけだ。 「こちらゾンビの先輩のカナメさん。今、バイト先で一緒なんだ」俺の斜向かいに座る背の高いゾンビ。元々、顔立ちが整っているせいか、崩れた顔なのに男前なのがゾンビになってもわかる。 「はじめまして!カナメです。ふたりとはバイト先で仲良くなって。今日はよろしく!」顔色も悪く、ところどころ朽ち落ちているのに、精悍さがある。握手した手の力は強く、ゾンビであることを忘れるほどだった。 「今日はさ、ゾンビの良さをリュウジンに伝えようと思って、カナメさんに来てもらったんだよ」お役に立てれば良いけど、とカナメさんは謙遜している。その姿からは誠実さと、しかし自信に満ちた大人の男の雰囲気が漂っていた。  しばらく酒を飲み、全員の口も滑らかになってきた頃、カナメさんから質問された。 「リュウジンくんは、なんでドラゴンになりたいの?」初対面の人によく聞かれる事だ。特段、問題はない。 「小さい頃からの夢で。やっぱり人生の中で一回はドラゴンになっときたいなって」  大抵、こう答えると「そうか」とか「小さい頃からの夢なんだ」と返事が返ってくるものなんだけど、カナメさんの返事は違っていた。 「へえ。でもそれなら、今じゃなくてもいいんじゃないかな。今の時代、ドラゴンは厳しいよ。職も限られてくるしね。一生に一度っていうことなら、年を取ってからでもなれる。今は、周りに合わせてスムーズに人生を回すほうが得策だと、僕は思うよ」とても明確な、それでいて世の中を周知している言葉だった。  ぐうの音も出ないと心が折れそうになるけど、ここで負けては行けないと、酒の力もあってか、いつになく反骨精神が湧いてきた。 「確かに言うとおりだと思います。でも、俺は今なりたいんです。最初の“変生”でドラゴンになりたいんです」自分でも鼻息が荒くなっているのを感じた。酒のせいで、普段より声は大きくなっていた。 「君はいま、若いからわからないかもしれない。でも二、三年もしたらわかるようになる。人と違う生き方は思ったより、しんどいよ」カナメさんの言うことはいちいちまともで、一言一言が心に向かってくる。小さく息を吐いてカナメさんは続けた。 「ジンノくんもハルキくんも、本気で心配しているよ。毎日のように、君のことを話している。君がいない所でも君を本気で心配して、僕に相談して来たんだ。ふたりの気持ち、わかるだろう?」熱く捲し立て、ジョッキの底に残ったビールを一気に飲み干した。ふたりの顔を見ると、照れ隠しのように空のジョッキを煽ったり、目の前のツマミに集中しているフリをしていた。ふたりには感謝しかない。でも、俺にも俺の気持ちがある。 「カナメさん、ありがとうございます。初対面の俺にも、すごく親切にしてくれて。ジンノとハルキも、本当にありがとう。だけどやっぱり、これは俺の問題なんだ。今日、話しててはっきりした。俺、どうしてもドラゴンになりたいんだ!」  その後のことはいまいち覚えていない。俺ひとりで、ビールを飲みまくって、半ば呆れていたジンノとハルキに絡みまくっていた。途中で帰ってしまったカナメさんには、本当に申し訳ないことをしたと後悔している。でもこの飲み会が、俺を前に進めてくれたのは間違いなかった。  俺は、ドラゴンになる決意を固めた。
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