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3
「本当にいいのぉ?おじさんはあんまりお勧めしないよ」変生所のケルベロスのおじさんが言った。一見、犬のような見た目だが、首から上が3つもあるし、尻尾は蛇になっている。しゃべるときは大体真ん中の顔でしゃべるけど、たまに左と右の顔もしゃべり出す。忙しいときは3つの顔をうまく使って、対応するらしい。
「もう決めたので。早くドラゴンにしてください!」
「うーん、いいんだけどねぇ。個人の自由だしさぁ。でも、本当にいいの?」最後の「いいの?」の部分だけ、3つの声がかぶさった。故意なのか、そうじゃないのか、検討は付かない。
「まじでなっちゃうのかぁ…」
「俺たちの切実な思いも、結局伝わらなかったな」
今日はジンノとハルキも一緒に来ている。もし時間があったら一緒に来てほしいと、俺から頼んだのだ。
「ふたりの気持ちは、わかってる。わかってるつもりだよ。だから今日は、ふたりに、俺がドラゴンに変わる様を見守ってほしいんだ」ふたりの表情は暗い。ゾンビだからそう見えるだけかもしれないけど。
「オッケー…。そこまで言うならしょうがねぇな。最後まで、見届けてやるよ」ジンノが
自分の胸を強く叩いた。そんなに強く叩いて大丈夫なのかと、心配になるくらい。
「そうだな。子供のときからの夢を、ダチが叶えるって言ってんだ。それを応援しないのは、本当のダチじゃねえよな」力強く握り拳を作ってハルキが言った。拳の至るところから肉や骨らしきものが見えていた。
俺は本当に幸せものだな…と、鼻の奥がつんとなるのを感じた。
「じゃあ、いいんだね。ドラゴンで」
「はい、お願いします!」
「わかった。書類も揃ってるし、年齢、身体検査も問題無し。よぉし、今から君はドラゴンだ」
「はい!…で、どうすれば」
「あぁ、そうだよね。じゃあ、ちょっと待ってて」と言って、ケルベロスのおじさんは奥の方にすたすたと行ってしまった。
「遂にこの時が来たか!なんか俺も緊張してきたぜ」ジンノがそう言うと、ハルキもそれに頷いた。俺も正直、心臓が倍くらいになったみたいにドキドキしていた。ドラゴンになったら心臓も、やっぱり大きくなるんだろうな。でも、小さめのドラゴンだったらそんなに変わらないのかも…とか考えていると、奥からおじさんが戻って来た。口にはお椀のようなものを咥えていた。
「はい、これ」
「これは?」
「ドラゴンの細胞だね」
「これを口から飲むように入れれば、あっという間に君はドラゴン、って訳さ」ケルベロスのおじさんの説明はすごく簡潔だった。
俺は後ろにいるゾンビのふたりに目配せした。が、ゾンビの友人ふたりは、腕組みをしたままただ頷くのみだった。これを飲むのか?
木のお椀には得体のしれない、虹色に輝く液体がたぷたぷに入っていた。
「じゃあ、いただきます」と俺がお椀を恐る恐る口に持って行こうとすると、
「ちょっと待って!ちょっと待って!」とおじさんが吠えるように言った。
「ドラゴンの場合は、ここじゃだめよ。すぐそこに野原があるでしょ。あそこでやって」と焦るように言い、さらに付け加えてこう言った。
「どんな大きさになるかわからないからね。前にドラゴンに、ここの屋根、突き破られたことあるのよ。あの時は本当に参ったね」確かにそうだな、と納得した。俺はジンノとハルキのふたりと外に出て、すぐ近くの野原の真ん中辺りまで行った。ケルベロスのおじさんは店の外までは出て来たが、それ以上は付いて来なかった。ただ叫ぶような大きな声で俺たち向かって「健闘を祈る!」と、3つの口で声援を送ってくれた。
「じゃあ、今度こそ、行くわ」
「おう、見守ってるぜ」
「心配すんな。お前がドラゴンになっても、友達だからよ」
目に涙が溜まる。気の良いゾンビの友人のせいで、泣いてしまいそうになる。早く飲もう。ふたりにかっこ悪いところは、見せたくない。
ぐいっとお椀の中身を口に入れると、それは単なる液体ではなく、まさしく細胞そのものなのだと、からだ全体で理解出来た。次の瞬間、みるみるからだが大きくなっていき、友人ふたりの姿がとても小さく見えた。
「マジかよ…」ジンノとハルキのか細い声が聞こえてきて、だがそれはか細い訳ではなく、自分が大きくなりすぎて耳の位置が随分と遠くなっていることに気付いた。
「どう?立派なドラゴンになったかな、俺」ふたりは小刻みにからだが震えているように見えた。しかしよく見るとふたりは、風に飛ばされないように必死に踏ん張っていたのだ。
「おい、羽根動かすの止めろ!俺たちのこと、吹っ飛ばす気かよ!」
「もう今にも崩れ落ちちまうぞ!俺たち」
ゾンビのふたりには、酷な風量だった。リュウジンは無意識に羽根が動いてしまっているのに気づき、しかし羽根を止めることはしなかった。逆に大きく羽根を羽ばたかせ、次の瞬間、空高くへと舞い上がった。
「あいつ、すっげえドラゴンになっちまったな」
「次の“変生”はドラゴンもいいかもな…」
ふたりは誇らしげに、リュウジンを見上げていた。リュウジンは金色に輝く、美しいドラゴンになっていた。
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