3人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
副島家
まさか、こんな日が来るとは思わなかった。わたしのような人間が、副島家を訪れる事が出来るなんて。
「目的地に到着しました」
機械特有の抑揚のない声が、わたしに教える。ここが副島の家だと。
「立派な、お屋敷……」
スマホを片手に、しばらく立ち止まる。高級住宅街のこの場所でも一際目立つ、立派な家。
父はとても裕福な人で、豪邸に暮らしている。母からそう聞かされてはいたけれど。木々に囲まれた敷地の中に建つ立派な豪邸を目にして、改めて驚く。
(こんな裕福な方と、母は……)
呼吸を整え、鉄の門扉の前で呼び鈴を鳴らす。ほどなくして、姉が玄関の扉を開けた。姉はわたしの姿を確認すると、玄関アプローチの敷石を踏みしめながら、急ぎ足で門の前までやってくる。
手入れの行き届いた、リネンのワンピースを揺らしながら。
「サトエさんね? さあ、入って」
姉が門扉の鍵を開けて、鉄門を開く。キイーと鳴り響く鉄の擦れる音が、招かれざる客のわたしには耳障りだった。
「あら、その荷物。もしかして、通夜に参列するつもりだったの?」
「はい。もし、できるのならば」
姉は、小さくため息をつく。
「通夜も告別式も、家族だけでするつもりなの。夫は自営業だし。父も退職して、来る人も限られるわ。だから、遠慮してもらえるかしら?」
家族だけで執り行いたいから遠慮して欲しい。その言葉には、わたしを父の娘として受け入れていないとの思いが込められていた。
「……わかりました」
握りしめた手に、爪がくい込む。声が震えてしまわないように、ゆっくりと返事をする。
姉は特に興味がないようで、わたしの返事に相づちすら打たない。そのまま振り返りもせず前を歩き進み、玄関扉を開く。
副島家の玄関は広く、実家の納屋がすっぽり収まるほどだった。子供の頃、あれほど大きく感じた納屋は、副島家の玄関よりも小さかったのだ。
「この度は、突然の事で……」
「そういう挨拶は、後にしてくれる? 話しがあるって、電話で言ったでしょう。さあ、上がって」
姉は黒いハイヒールを脱ぎ捨てると、そそくさと家の中に戻って行った。
初めて会ったというのに、姉の態度は素っ気ない。母親が違うというのは、こんなにも差がある事なのだ。
わたしは小さくため息をつくと、靴を脱いで玄関に上がった。
(ちゃんと揃えないと……)
亡き母に、恥はかかせられない。わたしは脱ぎ捨てられた姉の靴と自分の靴を揃えて並べる。雑多に散らかった靴の中に、一足だけ、キチンと揃えられた革靴を見つけた。
その茶色い革靴には、見覚えがある。父の履物だとすぐに分かった。色は記憶よりも少しだけ色褪せているけれど、母の元へと通っていた時、父が履いていた革靴に違いない。
「何してるの? 早く来なさいよ」
姉の呼ぶ声がする。「はい、ただいま」と返事をして、急いで姉の元へと向かった。
最初のコメントを投稿しよう!