遺言書

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遺言書

父の部屋を出ると、姉は廊下を歩き、奥の部屋の扉を開けた。姉が入るのを確認してから、後に続く。 この部屋は、父の書斎らしい。部屋中の壁を埋め尽くすように、ズラリと本が並べられている。 目立つのは、法律関係の本。父は弁護士をしていると、母に聞いた事がある。最後まで、わたしと養子縁組の手続きをしなかったのは、なにか特別な理由があったのかもしれない。 「確かに、父さんの前では話せないわね?」 姉はデスクに近づくと、引き出しから一枚の紙を取り出した。おそらく、父の遺言書なのだろう。本当に、ドラマみたいだなと、どこか他人事のように思った。 「これは、遺言書のコピーよ。あなたにも相続権があると、ここに書いてあるわ……」 姉の声は、苛立ちからか震えている。コピーしたばかりなのか、微かにインクの匂いが残る紙をわたしに差し出した。 「そうですか……」 けれどわたしは、あまり関心がなかった。……いけない。もっと、興味がある振りをしないと。 受け取った紙に、ゆっくりと目を通す。書かれている内容は、姉にこの家を相続させる事。 (お姉さんが家を相続か。まあ、わたしには分不相応な家だもの) 『なお、非嫡出子(ひちゃくしゅつし)の娘サトエには、家宅以外の全財産を相続させる。』 「わたしに、家以外の全財産を相続させる……? これは一体、どういう事ですか?」 ここは、確かに立派な豪邸だ。だけど、姉に遺されたのはこの豪邸だけ。遺言書には家以外の財産、父の遺したお金や株までも、全てサトエに相続させると書いてある。 「それは、こっちのセリフよ! あなたが私生児になるのは、可哀想だからと。情けをかけて、認知を承諾(しょうだく)した母の恩も忘れて……!」 姉はヒステリックに叫ぶと、わたしの肩を掴んだ。 「わかりません……。父が亡くなった今、わたしには何も……」 本当に分からない。わたしには、何も。 「法律にはね。遺留分(いりゅうぶん)というものがあるの。それ相応のものは請求させてもらうわよ? たとえ、裁判になってでも……!」 裁判という言葉に、背筋の凍る思いがする。 「困ります! それだけは、やめてください!」 わたしは、必死に懇願(こんがん)した。お金なんて、財産なんてわたしはいらない。それよりもわたしは、姉と遺産の取り合いなんてしたくはないのだ。
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