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ママを選んで生まれてきたんだよ
物語の始まりは、みんなが思ってるよりずっと前なんだ。
ぼくはゆらゆら真っ暗な海を泳いでいたの。
本当はぼくはここへ来るはずじゃなかった。
でもね、神様がたまたま見せてくれた『この人』をすごく好きになっちゃって、だからぴゅーんって飛んできちゃったの。
ぼくがこの人の中に宿って、この人はすごく大変そうだった。
ご飯も食べられなくて、食べても吐いちゃって、お腹が痛くなって、何度も入院して。
ずっと「絶対安静」っていうのが約束だったから、他の人みたいに楽しいことはできなかったみたいだけど、
この人はいつもぼくに幸せなおうたを歌ってくれた。
ぼくはね、サッカーが好きだったんだよ。
だからよくキックして。そのたびにこの人はくすぐったそうに笑ってた。
この人の笑い声を聞くのも好きだったんだ。
その頃外の世界ではワールドカップっていうのがあってね、この人は病室でよくサッカーを観てたんだ。
ホイッスルが鳴るとぼくもキックして、よく一緒に笑ってた。
でもだからかな。
我慢できなくて、ちょっと早く外の世界に出たくなっちゃったの。
とっても大騒ぎになって大変だったけど、ぼくはやっと外の世界に出れた。
ちょっと驚いていたら息をするのを忘れちゃって、我に返って慌てて泣いたんだ。
外の世界は思ってたよりずっと明るいよって。
大好きなこの人の顔が見れて嬉しいよって。
いつか終わりが来ることがちょっぴり切ないよって。
ぼくはまだとっても小さかった。だからしばらくは離れ離れだったんだ。
でもこの人は毎日ぼくに会いに来て、話しかけて、腕に抱いて、周りに聞こえないように小さな声でおうたを歌ってくれた。
この人はずっと変わらずに暖かくて、やっぱり嬉しくて泣いちゃったんだ。
でもしばらくして、この人は病気になった。
せっかく一緒にいられるようになったのに、今度はこの人がいなくなった。
今までどんなに辛いことが起きても弱音を吐いたりなんてしなかったのに、
初めてこの人はポロポロと涙を流してた。
そしてぼくに言った。
「ごめんねこんなママで。」
「もしかしたらこの先、たくさん駆け回って遊びたい時に、一緒に遊ぶことができなくなるかもしれない。」
「こんなママじゃなきゃ良かったよね。」
「ごめんね。」
ぼくは何でだろうって思った。
何でそんなことで涙する必要があるのかなって。
だってぼくはここに来るずっと前から知ってたよ。
この人が病気になることも、こうなることも。
神様が全部見せてくれたから。
本当は生まれた瞬間にその記憶は忘れるはずだったけどね、
あまりにもこの人が悲しく泣くから、神様が少し思い出させてくれたの。
泣く必要なんてないよ。
悲しむ必要も、ぼくを心配する必要もない。
だって病気でもそうじゃなくても、
その優しい声も、暖かい笑顔も、幸せなおうたも、
全部何も変わらないんだもん。
全部全部大好きだよ。
だからもう泣かないで。
ぼくはね、
全部知ってて、『ママ』を選んで生まれてきたんだ。
本当だよ。
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