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贖罪
「それで、滝川くんと秋山くんは、沼田くんと屋上にいたの?」
沼田が階段から落ちた後、沼田はすぐに病院に連れてかれた。
秋山と滝川はと言うと、応接室で先生たちから事情聴取を受けている。
来客用のソファに腰掛ける湯川と、後藤は独特な雰囲気を醸し出していた。
「沼田が折り合って話があるって言うので、僕と秋山は一緒に屋上に向かいました」
滝川は自分に非が無いことを身振り手振りで必死に弁明しているが、努力虚しく、概ねの事実は教師たちもクラスを通じて知っていた。
「それで、僕と秋山が困っていると、いきなり沼田が走り出してそれで──」
「ちょっと待てよ」
滝川の話を遮るように、湯川の隣に座っていた後藤が、右腕を突き出す。
「お前らは本当に沼田の話を聞くために集まったのか? ん、そこんところどうなんだ?」
事実を知っている後藤は、狩りでもするかのように、滝川を追い詰める。
ここだ、このタイミングしか無い。秋山は意を決して、大きく息を吐いた。
「後藤先生」
秋山の短い声に、後藤は「ん?」と声だけ寄越した。狩りを邪魔されたくない様子だ。
「さっきの滝川の話は嘘です。沼田と滝川は二人で僕を虐めてました」
秋山の言葉を聞いた後藤は、嬉しそうに眉間にシワを寄せた。
「そうか滝川、お前俺に嘘をついていたのか」
後藤の問いに、滝川は目にうっすらと涙を浮かせ、ゆっくりと肯首する。ここまで知られてしまったら、もう打つ手はないと悟ったのだろうか。
変わって湯川が秋山に向き直る。
「秋山くん、その話は本当ですか?」
「はい、本当です」
大きく首肯する秋山を湯川は品定めでもするように少し気持ち悪い視線で見つめる。
「本当らしいですね。それでは沼田くんは秋山くんが突き落としたのですか?」
秋山が思い描いていた展開とは180度違う展開だ。話を修正しようと、秋山は必死に弁明を試みるが、暖簾に腕押し、一度疑いをかけた教師の目は、なかなか覆せない。
秋山が口籠っていると。
「違います! 沼田は勝手に落ちました!」
唐突に滝川が勢いよく口を開いた。
「そんなの信じられると思うか滝川? お前、さっきまで俺らに嘘ついてたよな!?」
刑事の取り調べ言わんばかりに、後藤は滝川に詰め寄ろうとするが、見かねた湯川に呆気なく止められた。
「じゃあ、沼田君は事故で階段から転げ落ちたと言うことですね」
湯川の問いに、二人は首を縦に振った。
「なるほど、じゃあ──」
「すいません。ちょっといいですか?」
校長の佐川が、湯川の言葉に被せるように扉を開いた。
「何か御用ですか?」
湯川の代わりに後藤が問う。少し間を開け、思い空気を吐き出すように佐川が口を開いた。
「沼田くんが病院で意識を戻しました。これから臨時の職員会議があるので出席してください」
そう短く言い放つと、佐川は踵を返し、後ろ手で応接室のドアを閉じた。
訪れる沈黙の中、教師二人は耳打ちで二人をどうするか決めている。二人にとってはとてもじゃないが、心地よい時間ではなかった。
二人の目を見つめながら、湯川は帰宅を促した。
「あ、あの沼田は大丈夫なんですかね」
「それを俺たちが今から確認しに行くんだろ!?」
後藤が荒く立ち上がり、滝川の頭を掴む。
「クラスのやついじめて、それを嘘ついて、全くお前は最低な人間だな!?」
確実に私情がこもった声で後藤が叫ぶ。
「後藤先生、そこら辺にして二人を返しましょう」
湯川がなだめると、後藤は大きく舌打ちをし、客用の柔らかいソファーに腰をかけた。
「では二人とも家に帰ってください。このことは後ほど二人の両親に報告します」
湯川は立ち上がり、応接室のドアを開けた。
「分かりました」
ここは素直に従っておこう。そう感じた秋山は鞄を背負い、そそくさと開かれたドアに足を進める。
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