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遭遇
分厚い扉を開け、派手に玄関に靴を脱ぎ捨てる。母親である明美の「浩二、お帰り」と言う声を無視し、真っ先に洗面所に向かった。
春先になったとはいえ、蛇口から出る水はまだ冷たい。
秋山は手のひら一杯に水を溜め、それを顔に持っていった。
手で感じていたより数倍は冷たかったが、頭を冷やすのには十分だ。
学校では酷く虐められた。さっさと家は帰らうとしたら自称悪魔の不審者に絡まれた。ざっと振り返るだけでも散々な一日だった。
今日はさっさと寝よう、そう思った秋山は洗面所を後にする。
二階に続く階段を登ったら、すぐに浩二と英語で書かれているネームプライドが目に入る。何らいつもと変わらない光景。しかしドアからは謎の圧力が発せられているような気がした。
何故か、秋山は自室の前で息を一息吐いた。
「お、案外遅かったな」
固唾を飲み込みドアを開けると、さっきまで聞いていた異様に低い声が、ベットの上から聞こえた。
「なんで、なんでここに居るんだよ!」
太腿のチカラが抜け、その場にへなへなと座り込む。額からは汗が滲み出ては落ちるを繰り返している。
「おいおい、そんなに怖がらなくたっていいだろ。さっき会ったばかりじゃねぇか」
そう言うと、青年はベットから立ち上がり、こちらに近づい来る。
「やめろ、来るな、来るなよ!」
手元にあっ定規や鉛筆を投げつけてみたが、払い除ける様子がないあたり、効果は無さそうだ。
「あいつらにリベンジしたくないかい」
笑っていた顔を歪ませ、青年は座り込んできた。
「何だよ! リベンジって何のことだよ」
投げる物を失った、秋山の拳はただ床を叩くだけだった。
「学校でお前をいじめている、えーと、滝川と沼田と佐藤っていうメス」
「何で分かるんだよ!」
声を荒げる秋山の額に、青年は人差し指を置いた。
「とりあえず落ち着け」
青年が聞き取れない言葉を口から出すと、さっきまで激しく脈打っていた心臓が、ゆっくりとその鼓動を打っていく。
「これで落ち着いたか」
青年は立ち上がり、ベットに腰を預けると、しばらく天井を見つめている。
「ひとえに悪魔って言っても、色々な種類が入る」
「なんだよ急に」
いきなり悪魔の解説を始める青年に、秋山は今度こそ疑惑の目を向ける。
「まあ聞けって。そんな悪魔の中にもいい奴と悪い奴が居てな、悪い奴は人間を殺すのをどうにも思ってないし、逆にいい奴の中には人間と共存の道を探す奴だって居る」
「何が言いたいんだよ」
「今お前の目の前にいる俺は、かなり良い悪魔だってこと」
そう言うと青年、もとい悪魔は、秋山との間にあった一メートルの感覚をすぐに埋めてきた。秋山の眼前には整った悪魔の顔が、広がっている
「どうだ、俺と組んでお前をいじめたあいつらにリベンジしてみないか?」
「そんな事、お前にできるのか?」
「出来るから言っている、あと必要なのはお前の意思だけだ」
さっきまで笑っていた悪魔の顔は、いつの間にかに殺気を帯びているように感じた。その雰囲気に圧迫され秋山は。
「じゃあ、頼むよ、一緒にあいつらに一泡吹かせてやろう」
「お、ノリがイイね! それじゃよろしく頼むよ!」
悪魔はそう言うと右手を秋山に差し出してきた。
握った悪魔の手は予想以上に冷たかった。
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