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ターゲット
「で、どうやってあいつにやり返すの?」
疑問を飛ばす秋山に、悪魔は白い歯を見せつけながらニヤリと笑う。
「そういえばまだお前に、悪魔の力を見せてないよな」
「何、なんかするの?」
目を輝かせながら、秋山は迫った。悪魔は必然と後退りし、ベットの端に追いやられる。
「おいおい、さっきまであんなに怖がっていたくせに、妙に乗り気だな」
「別にオカルトの類の話は嫌いじゃないし、あいつらにやり返せるなら胸もときめくよ」
掛けている丸眼鏡をクイッと上げ、目元に戻す。
「はっ、これだから人間は」
やれやれと悪魔が肩をすくめた。
「いいからさっさと悪魔の力を見せろよ、もしかしてハッタリか?」
挑発する秋山に、悪魔は余裕の笑顔を浮かべた。これが古代から人類を支配していたと言われる、悪魔の表情なのだろうか。
「ほっ、これで、どうだ」
空中に指で真四角を描くと、そこだけ空間を切り離したように、白で縁取られて透明なタブレットが落ちてきた。
「ど、これが悪魔の力」
「なんだよそれ、タブレット?」
「人間の間じゃそう言われているのか、まっ、それに近いものと考えろ」
「妙にデジタルだな、最近の悪魔はみんなこんな感じなのか?」
「他のやつの事はよく分からん、あんまり連絡とって無いしな」
ふーん、と生返事を返すと、悪魔はタブレットらしきものの中央を連打している。
「くそ、電源がうまくつかない」
壊れるんじゃないかと思う速さになったとき、突如タブレットが人間に似た、短いうねり声を上げる。
「なんかおぞましいタブレットだな」
秋山を無視し、悪魔は透明なタブレットを軽快にスクロールする。側から見たら、ただの今どきの青年にしか見えない。
「こいつはどうよ」
軽く動かしていた人差し指を止め、悪魔はこちらにタブレット突き出してきた。そこには憎たらしい滝川の真顔が、これでもかと広がっている。
「こいつがリーダーなんだろ? だったら真っ先にこいつを潰そう」
そう言うと、悪魔はタブレットを持った腕を引っ込めようとする。秋山は慌ててその腕を掴んだ。さっきと変わらず、まだ腕は冷たい。
「何だよ、問題でもあるのか?」
「いや、本丸を叩く前にお前の力を、見定めたいから、最初はあいつにしよう」
秋山は伸ばした腕を手間に手前に滑らし、タブレットを半ば強引に奪い取った。
さっき目の前でやっていたように、スクロールすると、すぐに整った女の顔が画面に浮かんだ。
「こいつだ、同じクラスで生徒会長、影でこそこそ僕のことを笑っている奴、佐藤亜紀。最初はこいつにしよう」
賞状を贈呈するよう、丁寧にタブレットを返す。詫びの言葉の一つくらい添えるべきか。
秋山は少し悩んだ末、無言で返すことにした。
「人の物をいきなり盗むとは、教育が行き届いてないな」
「悪魔が何言ってんだよ」
へいへいと肩をすくめ、悪魔が再度タブレットに目を移す。
「本当にこいつでいいのかい? 俺が見た限りじゃこいつはお前に危害を加えてない」
「いいんだ、そいつもどうせ僕の事をよく思ってない。滝川たちを潰す前のいい余興になるだろ?」
秋山の返しに、悪魔はふんっと鼻を鳴らした。
「で、コースはどうする?」
またもや聞き慣れない言葉が、秋山の耳を駆け巡る。
「コース? 何のこと?」
「復讐のコースだよ、どの程度やり返すか決められるんだ」
「そんな事が出来るのか、なんか便利だな」
「だから言ったろ、俺はいい悪魔だって」
悪魔の勝ち誇った顔に、秋山は咳払いで対抗した。
「で、そのコースってどんなのがあるの」
よくぞ聞いてくれたと、悪魔は得意げな顔になり、右手の指を三本立てせる。
「一つがマイルドコース。これはよくあるちょっとした不幸レベルだ、石につまずいて転んだ、とかその辺だな」
一呼吸し、悪魔が指を一本折る。秋山はその説明を淡々と聞くことにした。
「二つ目は人生崩壊コース。これを発動すれば、相手の人生はレールから落下する。そんぐらいのレベルの復讐だ」
また悪魔が口を少し紡ぐ。三つあるうちの二つ目で人生崩壊。そうくれば、三つ目は・・・
背に悪寒が走り始めたころ、やっと悪魔が口を開いた。
「三つ目は相手の命を奪うコース。所謂、絶命コースだな」
絶命コース。そんな物騒な名前に、秋山は本日二度目の固唾を飲み込む。
「で、その佐藤はどのコースで行くんだ?」
「とりあえずマイルドコースで頼む」
すっかり固まった声帯を、必死に震わす。どうにか動揺は隠せたか。
「なんだよ、マイルドでいいのかよ、あいつら憎くないのか?」
「そりゃあ憎いよ、だけど今のところは様子見だ、いいな?」
試しに少し凄んでみたが、人間でもない悪魔相手にどこまで通じるのか、ましてやクラス内ヒエラルキーの中で、いつもビリ争いをしている奴の凄みなんて、悪魔の前じゃ、屁でもないかもしれない。
「へいへい、あんたの指示に従いますよ」
意外なことに、悪魔は一つ気だるそうにため息を吐くだけで、素直に指示を聞いた。
場の空気が弛緩したことを察知した秋山は、ある提案を悪魔にする。
「なあ、お前帰るところあんの?」
「なんだよいきなり、家なんて無い。この姿も人間の世界に溶け入るための、姿だもん」
その言葉を聞いて、秋山は内心胸を撫で下ろした。
昔読んだ本の中に、たまたま悪魔の近くを通った人が、魂をぬかれ、悪魔の傀儡になってしまうという恐ろしい設定があったことを、不意に思い出してしまったからだ。
「なんだ、もしかしてこの姿はそこら辺の人間から調達したと思ってんのか?」
図星を突かれ、どきりと胸が高鳴る。動揺が顔に出てしまったのか、悪魔が笑いながら秋山の頬を突く。
「安心しろよ〜、そんな野蛮な真似、俺はしない」
「しないってことは、やろうと思えば出来るってことか?」
秋山の質問は、痛いところを突いたのか、悪魔はついさっきの秋山と、同じような表情を浮かべた。
「その顔から考えるに、やろうと思えばできるんだな?」
「最近の子どもは意外と鋭いな」
何が嬉しいのか、悪魔は取り繕うように顔に笑顔を浮かべた。
「別に他の人を使ってないんだったらいい」
そう短く答え、秋山は冷たいドアノブに手をかけた。
「どこに行く」
「ちょっと飯食ってくる。悪魔と話していたらお腹が減ってね」
秋山の渾身の皮肉を無視し、悪魔は突然頭に手を置いた。その不可解な行動に、秋山は部屋を出るにも出られなかった。
「またなんかあるの?」
「いや、これからのこの部屋の割り振りをな考えていた」
悪魔の言葉に、さほど大きくない秋山の目は今までにないくらいに大きくなった。
「は? この部屋の割り振り? 何言ってるんだ?」
「だから、俺とお前が一緒に住むの、今は男って言われる性別の中でも、結構な美形を選んでいるけど、やろうと思えば女の美人にだってなれるぜ!」
自信満々に言う悪魔に言う言葉がない中、秋山は必死に状況を整理していた。
「何で僕と悪魔の君が一緒に住まないといけないの?」
秋山の問いに、悪魔は幼い子供に常識を教えるよう親のような顔で言う。
「そりゃあ、正体は悪魔だけど、体とかそういう仕組みは人間のそれだから‥‥」
皆まで聞かずに理解した秋山は、悪魔の発言に被せるように言った。
「そ、だからこの家にいる間の世話はよろしく。ちなみにこのベットは今日から俺のだから」
嬉しそうに指を指し、悪魔はベットの上に飛び回った。
そんな悪魔らしくない、悪魔の行動に、秋山は今日で何度目かのため息を吐き、部屋を後にした。
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