執行

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執行

ブレーザーの裾の埃を取り、軽くみだしなみを整えたてから、下駄箱から上履きを取り出した。 歩くスピードに合わせ、息を整えていく。一歩踏み出せば、踏み出すほどに昨日の悪魔の言葉が脳裏をよぎった。 秋山が大きく息を吐き、教室のドアを開けると、すでに何人かのクラスメイトが集まっていた。 その中から秋山は目当の人物を探す。 程なくして佐藤は見つかった。 教室の端の方で丸くうずくまり、蚊が鳴くような小さな声で泣いている。 すでにクラスに集まっていたクラスメイトたちは佐藤に、好奇の視線を向けていた。 秋山も例に漏れず、そんな視線を送りながら、自分に座った。 幸いなことに、秋山の席は佐藤の席の二つ右斜め後ろだった。ここなら怪しまれずに佐藤を監視できる。 秋山は適当なノートを鞄から取りだし、適当に勉強していることを装った。目線はノートに、耳は佐藤に集中させた。 しばらくして、佐藤の取り巻きである、クラスの一軍軍団が教室に入ってきた。 扉を開けた瞬間、一軍軍団は派手な匂いのする香水をばら撒きながら、各々驚きの声を上げ、佐藤の机を囲む。 佐藤を中心にして取り囲む姿は、まるでどこかのカルト教団の儀式のようだ。 秋山は席を立ち、それとなく佐藤の周りを歩き始めた。周りの女子が、佐藤の惨状にクギつけなせいで余り目立たない。 次第に増えていく野次馬の間を、糸を縫うように掻い潜ってなんとか前の方に着いた。 秋山が佐藤の机を凝視する。そこには、佐藤の涙で滲んだであろう赤や青で、人を中傷する言葉がぎっしりと書かれていた。 その光景を見た秋山は、腹の底から湧き溢れる笑いを堪えるのに精一杯だった。手で口元を押さえながら早足で、自分の席に戻っていく。 「おい、お前らどうした」 秋山が席で呼吸を整えていると、時期外れのタンクトップを着た体育教師の後藤が教室に入ってきた。 「どうした佐藤。なんかあったのか?」 後藤がそこを通るだけで、野次馬は自然とバラバラに解体された。各々がそれぞれの席に座る。 「なんだよ、これ。おい! 誰がこんなことした!?」 佐藤の机を見た後藤は、丸刈りの頭に太い血管を浮かべ、周囲を一瞥した後、座り込み佐藤と目線を合わした。 「おい、大丈夫か佐藤? 誰か! 佐藤を保健室に連れてってくれ!」 後藤がクラスに呼びかけると、真っ先に佐藤の眷属が名乗りを上げた。 「よし、佐藤を頼む。俺はこの事を校長先生に報告してくるから、他のやつはそのまま自分の席で自習!」 後藤の声が教室に響いた。
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