面接

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面接

水野は聞き手が欲するニーズに合わせて、言葉を選んだ。例えば、相手が「希望」や「夢」といった言葉に弱ければ、そうした言葉を意図的に会話に何度も組み入れる。そうして、相手の反応を伺いながら、いかに自社が「希望」や「夢」を追い求める会社なのかを伝えた。また、別の人間には「安定」や「伝統」といった言葉を多用し、いかに自社が「伝統」を重んじ、「安定」した実績を築き上げてきたのかをアピールした。聞き手は自身の都合の良い情報にしか興味を示さない。つまり、都合の良い情報にだけは猛烈な関心を抱く。そうした言葉の手品について熟知していた水野は、多くの就活生を巧みに操り、懐柔させてきた。就職活動とは、道化の騙し合いなのだ。 約一時間ほどで企業説明会は終了した。立花は説明会に来る前とはうって変わり、すっかり気分を良くしていた。彼女の心には再び希望という火が灯され、彼女の身体を優しく温め始めていた。今回の説明会で彼女が何よりも嬉しかった点は、初めて一次面接を通過したことだ。本来、企業説明会だけ行われるはずだったが、水野自身の判断により一次面接を通過扱いにしてくれたのだ。彼女は労せずして、就職への道を前進させた。 立花は会社のビルから出ると、近くのカフェに寄った。カフェの中は長方形に伸びていて、手前にカウンターがあり、カウンターを過ぎると、テーブルと椅子が一組ずつ運動会の小学生たちのように綺麗に整列して並んでいた。
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