至福のひと時

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至福のひと時

彼女のこうした楽天的な発想は、生来彼女自身が持っているもう一つの気質である。彼女の精神という住まいには、虚無という旦那と阿呆という嫁が一緒に住んでいて、この夫妻が織りなす生活そのものが、彼女自身を形作り、すべての行動に反映されているのだ。 彼女はナイフとフォークを両手に持ち、アイスクリームが程よく溶けたパンケーキを丁寧に切り取り、口いっぱいに詰め込んだ。糖分の陽気なダンスが口の中で行われた。その陽気さに釣られて、彼女自身もまたさらに陽気になっていく。そうした至福の時を過ごしていると、カウンター側から二人のサラリーマンらがこちらに向かってくるのが見えた。よく見ると、片方の男性には見覚えがあった。水野だ。 彼女は慌てて、顔を俯き、携帯電話をいじっているフリをした。水野たちは立花の存在に気づくことなく、喫煙ルームの中へ入っていった。立花は彼らに気づかれないように注意を払いながら、神経を研ぎ澄まし、背後にいる二人の会話を聞き取ろうとした。それはまるでジャングルに潜む天敵の息遣いを聞き取ろうとする草食動物ようだった。 カチッ。 聞き慣れた音が聞こえてきた。おそらくライターで火を付けたのだろう。この席からであれば、喫煙ルームの音を拾うことができる。 「水野先輩、今日もお疲れ様でした」 水野の隣に立っていた男が、水野に話し始めた。 「ああ、お疲れ様」水野はそう言うと、コーヒーを啜った。 「今日の子、どうでしたか?立花さんだっけ?」
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