車窓から

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車窓から

この時期に就職活動ーそれはこの国で行われる一種の通過儀礼であり、軍事的教育制度の受難者から社会的奴隷への転換期ーを行う学生は少ない。しかも、それが大学四年生の冬ということであれば尚更だ。なぜ彼女は今なお、就職活動の前線に立ち、内定という企業からの奴隷の烙印を求め、右往左往しているのだろうか。その理由は、彼女の身に降り注いだ災いが原因であった。 彼女は元々、教員志望だった。そのため、大学では教員免許を習得するために、学部の講義とは別に、教育課程の講義を受講していた。そして、授業後は、実家近くの塾で講師として働き、中学生を相手に英語、数学、国語などを教えていた。元々、彼女が教員を志望するに至った理由は、高校時代の恩師、佐伯という男の影響があったからだ。佐伯は現代文を担当し、立花が所属していた女子バレー部の顧問もしていた。細身で背が高く、大きな瞳が特徴的で、柔和な顔立ちとは裏腹に、ハキハキと物事を発言する人物で、教員同士のあいだでは煙たがられていたらしい。しかし、生来、人目ばかりを気にし、自分の意思を貫くということが苦手だった立花にとって、佐伯のそうした気性はむしろ好ましいものであり、立花にとって憧れの存在でもあった。立花ユリは佐伯に恋をしていた。しかし、教員と生徒という間柄、その想いをどうしても伝えることができず、その代わりの手段として、自身も教員となり、少しでも佐伯に近づきたいという願望へと変わっていった。
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