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「最近この辺りでなにか変わったことはありませんか。飢饉があったとか、大火事が起こったとか」
「新型コロナウイルスという病気が流行って……ます」やっとのことでこう答えた。
「疫病ですか。やはり……」
彼女(絶えず胸鰭をひらひらと動かして品をつくっているので、僕には女性に見えた)は一層悲しい顔になって俯いた。
「私が陸へ上がる時は、必ず厄災が起きた時と決まっているのです」
「はあ」
「そしてそれは私ではどうにもできないのです。ああ全くなんでこんな役回りなのだろう。私は、消えてしまいたい」
そう言って彼女はしくしくと泣き出した。目らしき器官から、ラメの入った緑色の液体がぼたぼたと零れ落ちた。僕はなんといっていいか困った。人間の女の子に泣かれても困るのに、得体の知れない生き物に泣かれてどうしたらいい分からない。慰めた方がいいんだろうか。あなたに関係なく地震は起こるし、異常気象にもなりますよ、とか?それはこの生き物の慰めになるのだろうか。
「あの、あなた、名前は?」
「えっ」
「いや、多分まだ話続きますよね。呼び名を決めた方がいいと思って」
「あ、ハイ。私はアマビエと申します」
そういえばインスタでも最近この生き物によく似た絵が出回っていた気がする。
「あのー。あなたがアマビエなら、未来の予知とか、病気を鎮めるとかできないんですかね。僕、本当なら今頃大学生なんですけど、この病気のせいでまだ大学が始まってもないんですよね。あなたが浜辺に上がるってことは、何か意味があるんじゃないかなって思ったんです」
「残念ながら、私の先祖にはそのような能力があったそうなのですが、時代が下って、その能力を持つ仲間は減ったのです。今では厄災を察知して陸に上がるのもやっとなのです」
そして、察知できるのはもう一族の中で自分だけなのだと彼女は言った。ヤバい、何もフォローできないじゃないか。
「ま、でも人間そんなにやわじゃないすから。きっと僕らなんとかしますし、なんとかならなかったら、そん時はそん時っすよ」
「すいません。慰めさせてしまって」
またアマビエはぐずぐずと泣き出した。多分効果はないと思うけれど、自分の姿を絵に描いて広めるといい、と言い残して、彼女はとぼとぼと海の方に帰って行った。「でも、誰か一人でもお会いできて良かったです」と言い残して。
彼女の去った後、緑色のラメの涙はそのまま固まり、ガラスのようになった。特に変な臭いもしなかったので、僕はいくつか家に持って帰った。一つ陽にかざしてみるときらきら光って美しかった。中はまだ固まっていないのか、とろりとラメが揺れたが、数日経つと完全に硬化した。僕はその一つを、のちに知り合った同じ大学の恋人にあげた。
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