04 親知らず

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04 親知らず

『 だから、いらねっていってんだろ!! 』 「「 !! 」」 目が覚めてから毎日、毎日、何度もトレーを引っくり返した その度に、看護師は床を拭き、次は食べようと告げてから離れて行ったり 寝てる間に点滴をされる度に起きたから引き抜いて、毎晩のように朝方まで泣き続ける俺は、此処に来て一週間が経過した つまり、一週間……飯を口にはせず、殆ど飲み物すら飲んでない喉は乾燥し、泣き続けたことで声は掠れていた 『 うっ、うっ…… 』 それでも、一人になればずっと泣いている俺に声をかけてくる者なんていなかった 正確には声をかけたら嫌われるのを知ってるから、誰一人として泣いてるときは様子を見る事はなかったのだが…… 此処に来て一週間目……俺にとっても予想外の事が出来た 『( 歯がいてぇ…………!!! )』 尋常じゃ無いぐらいの歯の痛みが俺に襲いかかった 喉の傷みなんてどうでもよくなるぐらい痛くて、痛くてそっちに涙目になる 『( 虫歯か!?此処に来て歯磨きしてなかったから、虫歯か!?マジか!?人生初の歯医者か!? )』 こんな腸を手術するような病院に歯医者なんているのか!? いないだろ!どうすんだよこれ!! 『 うぅぅぅ……!! 』 枕を咬み、痛みで踞ってる俺にあの野郎はやって来た 「 おい、またトレーをひっくり返して点滴引き抜いたらしい……って、どうしたんだ?腹痛か? 」 『 ちげぇよ!!っ、いっ……て…… 』 他の患者には敬語を使ってるのに、俺にはタメ口で話しかけてくるこのヤブ医者に、睨んでから枕をガジガシと咬んでいく 『 うぅ……! 』 「 もしかして……歯が痛いのか? 」 『 そうだよ!悪いかよ!! 』 「 神経が損傷してたら命に関わる、見せてみろ 」 『 死ねるなら、このまま放置する…… 』 「 いいから、見せろ! 」 新しい手袋をポケットから取り出し着けた彼は、俺の肩を掴み仰向けへとさせた 余りにも触られたのが嫌でじたばたしていれば、よく見掛ける看護師はやって来た 「 えっ、先生!? 」 「 佐々木!丁度いい、押さえてろ! 」 「 あ、はい!ちょっとごめんね。押さえるね! 」 『 んん!離せ!くそ!! 』 腰を固定され、思いっきり上半身で俺の身体を押さえ付けたこのヤブ医者は、片手を顎を掴み口を開かせた 頬に触れられた事で激痛が走り、痛みで涙目になり、口に入ってきた指を噛もうとすれば、 からぶった歯は、閉じた事で頭に痛みが走る 『 んん!! 』 「 あーこれ……親知らずだな……それも、四本も、抜いて無いのか…… 」 「 親知らず、痛いですもんね……どうします?。歯医者を呼びますか? 」 「 嗚呼、これは直ぐにやらないとな……それにしても御前……犬歯が尖ってるが口を切らない……いや、バサバサに切ってるな…… 」 口の中を触られていい気にならないわけもないし、バサバサに切ってるってどういう意味だよ! 確かによく口内炎になるし、下唇の中は傷だらけだけどな、犬歯は元々尖ってるんだよ! 口から手を退き、二人が離れたと同時に身体を起き上がらせ嘔吐くつ 『 おえっ、気持ち悪っ……いっ!てぇぇぇえ!!あぁぁあ………… 』 「 そりゃ痛いだろ。直ぐに手配する。佐々木、急遽頼めるか聞いてくれ 」 「 はい!直ぐに聞いてきます 」 親知らずってなんだよ、親を知らないのか? 俺だって産んでくれた本当の親を知らねぇよ! いや、そんな意味じゃないのか?とその場から離れた医者を他所に、枕を咬んで耐えていた そして昼過ぎに、俺は初めてこの病棟から出て歯医者を受けることになった 『 いやぁぁぁあ!!死ぬ!!! 』 「 死にたかったんだろ、歯の治療ぐらい我慢しろ! 」 『 口の中にドリルいれるんだろ!!無理だって、むりむりむり!! 』 ヤブ医者とあの看護師と共に、此処まで大人しく車椅子に乗って来たものの、 手術室より恐ろしい感じがする場所に怯えて、マスクと手袋をしてる歯医者さんから逃げて、ヤブ医者へと抱きつき何度も首を振る 『 全身麻酔!!全身麻酔で!! 』 「 歯は部分だ 」 『 いやぁぁぁあ!!音も感覚もわかるやつ!! 』 「 よく知ってるな 」 「 大丈夫だよ、歯の治療したら痛くなくなるし。その為にね 」 そりゃ手術の経験はあるからな!! いや、そんな痛みを取り除く為に、口の中にドリルぶちこむ方が可笑しいと告げ、イヤイヤと言っていればべりっと身体を引き離された 「 治療が終わったら好きなものを食わせてやる。何が食べたい? 」 『 …………焼き肉 』 「 それは無理だ、他のだ 」 『 なら死ぬ!!! 』 「 待て待て待て!逃げんな! 」 攻防戦が繰り広げられ、俺はとうとう歯の手術をすることになった ドリルを見るのが怖いから目にタオルをしてもらい、身体を動かさないよう治療台へとくくりつけられた 「 先生……これ、ありなんですか? 」 「 問題ない。それでは頼みます 」 「 は、はい…… 」 『( アーメン…… )』 両手を胸の上で握って、神様に祈ってから歯の手術をされた やっぱり歯茎に刺される注射はくそ痛くて、ドリルの音は響くし、ズボボホッって吸われる吸引器も気持ち悪くて、尚更親知らずを抜くときにガンガンされるのが嫌で涙は少し流れた 『 ……………… 』 うがいをして、二時間近く行われた親知らずは今回左右共に二本抜かれた 後、二本残ってるという事実を知りたくないほどにげっそりした 「 これが抜いた歯ね、真横にあったから隣の歯にぶつかって、そこが虫歯になってたから、そこもやったよ 」 『 ………… 』 俺はやっぱり歯医者が嫌いだ 外で待っていた看護師によって、車椅子に乗ってからエレベーターに乗り病棟へと戻る 「 先生は外来の患者さんの検査に行ったよ。だから俺と帰ろうね~ 」 もう戦意喪失してるから話を答える気力は無かった 頬っぺたが膨れて唇が腫れてるんじゃ無いかってぐらいに感覚が無い あの歯医者もきっとヤブ医者だと思ってふてくしていた 「 今日の晩御飯はなにかな~。確か…… 」 俺のはどうせヘドロだ、それにこんな手術した後は食べれないだろうから期待をする事もなかった 「 それじゃ、仕事に戻るね。歯の痛み止と水はここに置いとくから好きに飲んで?余り親知らず抜いたところを触ったらダメだよ?抜糸が終わるまでね 」 『( 抜糸…… )』 歯茎の抜糸…身体の抜糸もそろそろ終わるらしいが、歯もあるなんて… 頬に触れてから立ち去った看護師から目を背け、枕に顔を埋めた すんっと匂いを嗅げば、俺の知ってる匂いじゃなくなり新しい匂いにイラついた 『( シーツ交換されてる!! )』 俺が居ないことを良いことに、シーツ交換も新しい枕もなってたことに腹が立ったけど諦めた そりゃ気になるか…… 『( 風呂も入ってねぇから……ゴキブリの気分だ…… )』 髪は油で艶々テカテカ、まだ加齢臭が無いときでよかったと思う 何気無く朝に看護師が持ってくる冷たい濡れたタオルで身体を拭いてたりするから臭くはないだろう いや、俺が思って無いだけで臭いかも知れないな…… そう思うとやっぱり、自分の家じゃないことに居づらいと思う 晩御飯を届けてくる者はいなかった それでいいと思いっていても、やっぱり夜は寂しくて一人泣いていた 『 うっ、うっ……っ…… 』 枕を濡らし、声を堪えて泣いていれば口の中に感じる血の味に眉は寄る 『 うっ、くっ…… 』 咥内に広がった血を飲み込もうとしても、気持ち悪くて台にあるタオルを持ち唾液と共に吐き出せば、タオルは赤く染まった 『 えっ…… 』 頭に過るのは“ 抜いた部分に刺激を与えないように “っていう言葉 明日はあのヤブ医者がいないし、経過の様子を見るのは三日後、流石に流れ始めた血を止めるすべなど分からず、只飲み込めないまま出すしか無かった そのまま一晩が明け、看護師の騒ぐ声で目を覚ます 『 ん…… 』 「 大丈夫!?なんで、こんなことに…… 」 「 手首の傷じゃないみたいです 」 『 っ、なんで……触ってんだ!! 』 触れる手を振り払い、起き上がり、繋がる点滴のホースを揺らした後に口元に触れ血を布団へと吐き出した 『 おえっ……ゴホッ……! 』 「 なっ!?ちょっ、直ぐに先生に電話を! 」 「 狛(ハク)先生は今日は不在ですよ! 」 「 じゃ、他の先生に聞いて! 」 寝てる間に飲み込んでいた血は空の胃に溜まり、それによって気分が悪くなり吐血したように嘔吐した ドロッとしたジェル状の固まりになった血を吐き、咳をする度に片手を染めていく 「 大丈夫?吐いていいよ 」 触んなと言える状況じゃなく、喉が腫れたように痛み、次の言葉が発せれない程に自分の血によって喉や呼吸器は炎症してたらしい 一晩で俺は、自分の血で死にかけた…… 歯茎から流れる血によって貧血になり、ぐったりとした俺は起き上がることさえ出来なくなり タオルを交換するしかわからない看護師達は、何度も様子を見たり色んな医師に原因を聞いていたらしい そんなバタバタとしてるときに、あの昨日一緒に居た看護師はやって来た 「 俺が休みの日にどうしたの?黒くん、俺が分かる?口を開けれる? 」 佐々木って言う名前の若い男の看護師 ちょっと茶髪の髪と、マスクをしてなくとも整った顔立ちは男性雑誌のモデルのようで 百八十六㎝はありそうな高身長の彼は、横へと来るなり頬に触れて口を開かせた まだ私服ってことは、これから看護師の格好になるんだろうなと思う 「 うん……完全に縫ったはずの箇所が開いてるね……。糸も食べちゃってるかも…… 」 『 ……ゴホッ 』 「 俺が歯科医なら良かったんだけどね……。今日は歯科医も不在だから、一日我慢して?血は出していいから…… 」 「 佐々木くん、先生からA-の輸血を認められたのでこれから準備します 」 「 うん!お願いします! 」 背中を擦って血を吐き事を嫌がりもせず、口元にタオルを寄せる彼に、只複雑な感情だった 年上ってことを除けば、どこか彼奴に似た雰囲気が有ることに、掠れた声で服を掴んだ もう、既に喉が痛くて疲れて、自分の思考なんて止まっていた 『 傍に、いて…… 』 「 うん、いいよ。俺は今日…休みだから傍にいれる。大丈夫、直ぐに良くなるよ…… 」 『 ん…… 』 気を失うように、そのまま目を閉じ眠り始めた 血を飲まないよう横向きにされたまま翌日まで眠っていた 朝、起こされる事もなく目を覚まし 相変わらずシーツやら布団が血だらけのまま、 何回目か分からない輸血がされていれば、喉の痛みと気だるさに動く気力は無い 「 目を覚ましたか? 少し見せてみろ 」 ぼーとしてるままあのヤブ医者に抵抗もなく、口を開かれて見せれば彼は眉を寄せる 「 これは……元々適当に閉じられただけだな。血餅(けっぺい)を作ってねぇからこうなるんだ……。ったく、あのヤブ医者め…… 」 ヤブ医者が、ヤブ医者だと告げた事に少しだけ可笑しくなって軽く笑えば、彼は俺の髪へと触れた 「 血餅は俺でも出来る。待ってろ、道具を持ってくる 」 よく分からない道具を取りに行ったヤブ医者に後は任せることにした 死にたくないと望んでも、此処では無理矢理生かされ続ける そして、俺もまた……死ぬのが怖いと思うときもある 『 すげ……血が出ない……! 』 「 声が掠れて痛々しいな……腫れてるし、少しは水と……飴をやろう 」 『 ……飴 』 のど飴をくれた医師は軽く笑ってからもう一つ、白衣のポケットから取り出した 「 豆乳プリンをやる、甘くしてるから食べやすいだろう。食え 」 『 ………… 』 いらないという言葉は言えなかった 俺が牛乳が駄目なことを知ってるらしいこの人から貰った豆乳プリンを受け取って、袋に入ったスプーンを取り出せば、蓋を開け口へと含んだ 『 っ…………おいしい…… 』 「 そうか、良かった 」 ほぼ二週間と三日ぶりに食べる固形物は、何よりも美味しく、そして俺が生きてるんだと感じる程に涙は自然と流れ落ちた 『 っ……おい、しい…… 』 ほんのり甘くて、けれど腫れた喉にもなにも入ってない胃にも優しい味は、泣き泣き食べていた 「 鼻水拭け。もう一つ食べれそうなら持ってくるぞ? 」 『 ん………… 』 「 よし、沢山食え 」 結局二つプリンを食べた後に、泣き疲れて寝ていた 彼等が何を話したかなんて想像つく 次の日のメニューから、食べれるゼリーやら豆乳プリン系統が置かれていたのだからな 『 料理はいらねえって…… 』 「 じゃ、ゼリーだけでも食べない? 」 『 うっ……ひでっ…… 』 「 ふふんっ、ほら食べてー 」 ゼリーとかは唯一の固形物 他のヘドロよりましだから、柔らかい杏仁豆腐みたいなのを食ってふてくする俺に、看護師の彼はニコニコと笑っていた 此処に来てから食わなかった患者が、やっと食ったことに彼等は嬉しかったらしい
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