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「はいこれ」
いつも頑張ってるあなたに、と僕の手元に彼女が置いたのはホワイトとブラウンが二層になったアイスカフェオレだった。僕は仕事の手を休めてグラスを手に取る。上層の濃いめのブラウンにそっと口につけた。ほのかに苦いそれは、しかし優しい味がした。
「美味しいね」
僕が彼女を見つめると、彼女は優しく嬉しそうに微笑んだ。手に持つ小皿を僕に差し出す。緑の皿にはクッキーが数枚。
「ありがとう」
僕が目を細めると、
「あなた丸くなったわね」
彼女がまた微笑んだ。彼女の少し垂れた瞳が皺を作る。僕は昔から、彼女のそれが好きだった。僕が丸くなったのなら、それはきっと、君のせいだ。
「昔はもっと――」
「地味だったろ?」
彼女が昔を思い出すように顎に手を乗っけるので、僕は先回りして答えた。彼女は静かに笑い、そして、
「もっと苦ーい顔してた」
ブラック・コーヒーみたいにね、と彼女が笑う。そういえば、
「このコーヒーなんで二層になってんのかな?」
「ヒジュ―っていうのがコーヒーよりも牛乳の方が重いんですって!」
だから先に牛乳を入れてからゆっくりコーヒーを注ぐとお洒落なカフェオレが出来上がるのよ、と、僕が尋ねると彼女は待ってましたと言わんばかりに目を輝かせて説明してくれた。得意げに説明する彼女だったが、「比重」という単語が言い慣れずに片言になってる様子が可笑しくて、可愛らしくて、僕はつい笑ってしまった。彼女は、何よぉ、と不満げに言葉を漏らすが目は相変わらずに笑っている。幸せだなぁ、と思った。
「とにかく、晩御飯までには降りてきなさいね~」
彼女はそう言って僕の書斎を後にする。
僕は彼女のクッキーを一つかじって、パソコンに向き直った。仕事をしながら僕は少し物思う。昔の僕がブラック・コーヒーなら……
彼女はミルクの方だ。
僕のことをいつも静かに優しく支えてくれる彼女。昔はもっと静かだった彼女も、今は少しうるさくなった。僕としてはどっちの彼女も好きなのだけれど。
僕たちはカフェオレのようだな、と僕はグラスに口をつけてほくそ笑む。中の氷がぶつかり合ってカラコロカラコロ綺麗な音が可愛く鳴った。
気づけば彼女の入れてくれた二層のカフェオレは、いつの間にか混ざり合って、ベージュの優しい色に変わっていた。
あの日、君と目が合って恋に落ちたことはきっと運命だったのかな……。
なんて頭に浮かんだ言葉はとてもロマンチックで、僕は急に照れ臭くなる。
僕は息をめいっぱい吸い込んで、前のめりにパソコンへ向かった。
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