旅立

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「……えっ、町下先生が?」 LINE通話で話す神宮寺の声が裏返った。 「まぁ……仕方ないよな……最初からそういう『約束』だったからな……あぁ、わかった……それは、なんとかするさ……じゃあ、そういうことで……あとは、よろしく」 だが、すぐに平静を取り戻した神宮寺はそう告げると、スマホのディスプレイをを軽くタップして通話を終えた。 しのぶとの通話だった。 その日の夕食をいつものように二人きりでダイニングで取ったあと、リビングのL字型のソファに移った神宮寺に、(しおり)が食後のカフェオレを渡したときだった。 神宮寺のスマホがヴヴヴッと鳴ったのだ。 「……佐久間か?」 通話に出た神宮寺の声を聞いて、栞は夕食の片付けをするために、そそくさとキッチンへ向かおうとした。 しかし、いきなり神宮寺から腕を引っ張られたかと思うと、次の瞬間には彼の脚の間にすっぽりと収まるようにソファに座っていた。 その後は、スマホを持つ反対の手で栞を背後から抱きかかえるようにして、神宮寺はしのぶと通話した。 「……わざわざ席を外さなくてもいい。 栞が気を遣う必要なんてなにもないんだから、遠慮せずにここにいろ」 ローテーブルにスマホを置いた神宮寺は、両腕で栞を抱きしめた。俯く彼女の顳顬(こめかみ)に軽く、ちゅ、とキスを落とす。 「今の佐久間からの話はな……町下先生が今度、文藝夏冬で新作を書くことになったから、ここに篭りたいと言ってるっていう知らせだ」 このログハウスの持ち主は作家の町下 秋樹で、彼の姪であるしのぶが「叔父さんが執筆するために篭りたくなったら、神宮寺先生にはすぐに東京へ帰ってもらう」という約束で、半ば強引に借り受けていたのだ。 「たっくん……もう『新作』を書き終えはったん?」 栞は神宮寺から、GW中は昼夜を問わず二階(うえ)の寝室で(むさぼ)り尽くされ、GWが明けたのちも相変わらず虎視眈々と、好きあらば栞を引っ張り込もうと狙われていたのだ。 ……いつの間に書き上げはってんやろ? 不思議で仕方がなかった。 「そんなの、まだに決まってるだろ?」 神宮寺はさも当然のように答えた。
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