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「そりゃあ、一刻も早く家を出たいよね、麻生さん……いや、八木さん」
佐久間 千尋は、どうも言いにくそうに栞の名字を呼んだ。
「『八木』になったのは、去年からなんですけどねぇ。いいかげん、慣れてくれはりませんか、佐久間先生?」
栞はふふっ、と笑った。
栞の両親は去年、ようやく長い別居期間にピリオドを打ち、離婚が成立した。
それに伴って、栞と姉の稍は母方の姓を名乗るように手続きした。家庭裁判所に「子の氏の変更許可」を申し立てて、家裁から変更許可を受けたのだ。
ちなみに、父親はそのことを知らない。
今でも娘たちが「麻生」であると思っている。
栞も姉も、別に父親に対して憎悪や恨みを持っているわけではない。
当時まだ小学生だった姉とやっと離乳食を卒業したばかりの栞を置いて、愛する人の許へ走ったのは母親の方だったからだ。
それ以来、祖父母の手を借りながら育ててくれた父親に対しては、感謝しかない。
もちろん、父の再婚話は話せても、そのあたりの「事情」までもは、佐久間には話していないが。
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