Prologue

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今春、京都にある旧帝大の大学院の博士課程を修了した栞は、目指していた特定有期雇用教職員(ポスドク)になれなかった。 栞の「国語学国文学専修」なんて、そもそもツブしの利かない最たるものだ。そのうえ、大学院で修士課程二年・博士課程三年を経ているから、(とう)も立っている。 一般企業では理系ですら、求めているのは修士までだ。博士は専門に特化し過ぎて「ガラパコス」扱いされ、使いにくいと思われているのだ。 だから、大学で職を得られないのであれば、たとえ社会(そと)に出たとしても、中学・高校の教諭や塾・予備校の講師など、進路先は教育関係にぐっと狭められる。 なのに、栞は人前に立つのが苦手な性格ときている。さらに、学士の頃に教育実習で行った母校の公立中学校では、思春期の生徒たちに接する難しさ(京都は思いの外、ヤ◯キーが多かった)をイヤってほど感じた。自分は「教師」には向いていない、とつくづく思った。 だからこそ、徒然なるままに日暮らし机に向か()て文献にあたる「学究生活」を送りたかったのだが……今はかろうじて予備校で、生徒から個別に質問や相談を受けるチューターのバイトをして糊口を凌いでいる。 しかし、それも実家住まいだからこそ成り立つことであって、一人暮らしとなるとかなり心許ない。 それで、院時代によく面倒を見てもらっていた佐久間に相談しにきたというわけだ。
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