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ぬるめのお湯をかき分けるようにして、するりと華奢な背中が腕の中に入り込んでくる。二人で入っても湯船にはまだ余裕があった。外気に触れてふるっと震えた肩に、ゆっくりお湯をかけていると、燈子はひとり言のようにつぶやいた。
「…もう私なんて魅力なくて、沙保にとってはただのビッチなのかなって、不安で眠れなかった」
「そんな日、来ないよ。…支配欲、なのかな。思いどおりにいかないからってイライラしてた。マイペースな燈子さんが好きなのに矛盾してるよね…」
ないがしろにされているような小さな不満が澱のように少しずつ重なって、あの瞬間最悪の形でほとばしり出てしまった。
「あのね、支配なんてもうずっと前からされてる。何するにしても、沙保と一緒なら楽しいだろうなとか、喜んでくれるかなとか、そんなことばっかりよ。沙保はちがう?」
「燈子さんに喜んでほしいとは思ってたけど、一緒にっていうのは忘れてたかも…」
「じゃあ思い出して」
「…こういうこと?」
唇をそっとほっそりしたうなじに押し当てる。そうよ、と満足げな声とともに、キスが頬に返ってきて、そのまま猫みたいに頬ずりされる。ふやけた肌と肌がくっついて気持ちがいい。燈子の頭越しに見えた朝やけは、彼女の頬と同じ色をしていた。
燈子の両腕が頸に巻きついて、ひざに乗った彼女と上半身がぴたりと密着する。少し高いところにある目がとろんと潤んで、ひたいとひたいがどちらからともなくくっ付いた。唇が重なる寸前、ささやくように彼女は言った。
「…こういう私はいやじゃない?」
「いやなわけない。えっちな燈子さんもだいすき」
「…こんなふうにしたのは沙保なんだからね」
「ふふっ。責任取るね」
少し尖った唇をついばんで、軽いキスをくり返す。燈子の背中を支えていた手のひらを太腿にすべらせると、あご先に触れる吐息がかすかに乱れた。
口づけが深くなるにつれ、舌先を遠慮がちにつつかれる。一旦唇を離すと、頸に回されていた腕にきゅっと力が入った。燈子の目は、なんでやめるの?と言いたげに揺れていた。
「…大丈夫だから。セックス出来ればいいの?なんてもう絶対思わないから、だからぶつけて、全部」
「…ちゃんと分かってる?」
「なにを?」
「だからっ、…」
「ん?」
「ちゃんと、好きってこと…」
唇にかすかにすき間を空けたまま、彼女の声は今にも消え入りそうだった。
分かるよ、そうささやいて唇をふさぐ。ゆっくり、丁寧に唇を触れ合わせ、両手で華奢な身体になぞっていく。腰をたどって胸のふくらみに指を添わせると、柔らかな弾力がふるっと揺れて手のひらになじんだ。
ふよふよ揺れる乳房の感触を楽しみながら、赤みの差した胸の先端を口にふくむ。
あなたが欲しい。長々と焦らすよりも、率直にそう伝えたかった。歯を立てないようにちゅるんと吸い上げると、かすかに燈子の上体がのけ反って、吐息混じりの声が唇から漏れた。
「は…ぁ、…ん」
かわいい、と答える代わりに小粒に口づけて、すっかり尖ったそこを舌先で優しくつつく。もう片方をすりすりと親指の腹で撫でつけていると、太腿にまたがっている燈子の腰がかくかくとのたうつように震え出す。秘部をすり付けられるたび、濡れた恥毛が肌にこすれて身体の奥がびりびりと疼いた。
たまらずに、抱き上げた燈子の身体はすっかり熱くなっていた。彼女はふらふらと湯船のふちに手をついて、小さく肩で息をしていた。湯気の奥で、水滴をまとった白い肌にうっすらと桃色が透けていた。
ついさっきまで氷のようだった潮風は、火照った肌に心地よかった。同じように思ったのか、燈子はまぶたを閉じて白いのど元を風に晒していた。
そっと後ろから抱き寄せて、長い髪をたぐって首すじに口づける。胸にあたる背中のなめらかさ、下腹部をふわりとくすぐるヒップの柔らかさ。腕に力をこめたら壊れてしまいそうだった。
そろそろと右手を彼女のおへそに伸ばすと、なだらかなおなかが一瞬強ばって、両腿はきゅっとすき間なく閉じられた。鍵盤でも叩くように、そっと指を下腹部に歩かせていく。燈子が悩ましげな吐息を漏らしかけたその時、朝食の時間を告げる無慈悲な電子音が静寂を破った。
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