運命との出会い

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運命との出会い

「センリ!」 「はい!」  ゲンプ師匠が僕の名前を呼ぶ声に、訓練で疲れた身体が反射的に反応した。すぐに身体を起こして駆け、杖をついているゲンプ師匠の前で姿勢を正した。 「キークレイ!」 「はい!」  僕のすぐ後で、僕のライバルであり親友でもあるクレイの名が呼ばれた。後ろからクレイの足音が聞こえたかと思うと、すぐ横で止まり姿勢を正した。僕たち2人が並んだのを見て、ゲンプ師匠は静かに口を開けた。 「知っているだろうが、お前たちは明日から渡鳥(わたりどり)試験を受けることができる。お前たちのことだ。すぐに試験を受けにいくのだろう?」  僕は何も言わず、ただじっとゲンプ師匠の目を見ることで肯定の意を示した。きっとクレイも同じ目をしているだろう。 「やはりそうか……。となれば、今日でワシが稽古をつけてやることもなくなる。いや、お前たちの実力ならワシが教えられることも、もう無いだろう」  いつも厳しいゲンプ師匠の顔が珍しく寂しい影を落としたかと思うと、すぐに僕たちに背を向けてしまった。 「明日の朝、出発する前にまたここへ来い。2人に渡したいものがある」 「「はい!」」  クレイと同時に返事すると、訓練場の奥へと歩いていくゲンプ師匠の背中をただ見つめていた。ゲンプ師匠の姿が見えなくなると、緊張の糸が切れたらしく、クレイがその場に座り込んだ。 「っあぁー! ついに明日かー! 長かったような短かったような!」  そのまま大の字に寝転んだクレイが息を吐きながら言った。訓練で疲れていた僕もその場に座り込んだ。 「そうだな。迎えてみればあっという間だった気がするな」 「ついに渡鳥になれるんだな! まぁ試験を受けなきゃいけないらしいけど、俺たちなら楽勝だろう!」 「慢心するなよ。師匠にもよく言われてるだろう」  ポジティブなのはクレイの良いところでもあるが、調子に乗りすぎることをゲンプ師匠にもよく注意されていた。とはいうものの、僕とクレイなら大丈夫だろうという自信はあった。  自信をつけるだけのことを、僕らはこの10年でやってきたのだから。 「ところでセン……」  クレイは僕のことをセンという愛称で呼んでいた。僕もキークレイのことをクレイと呼んでいる。 「あの約束は、もちろん覚えてるよな?」  お調子者のクレイからはなかなか聞けない真剣な声色を聞いて、すぐに"約束"のことを思い出した。 「もちろん覚えてるさ。今日はもう疲れたし、明日の早朝にしないか?」 「そうだな。こんな身体でやっても意味ないからな」  訓練の最終日までみっちり扱かれた僕らはもうヘトヘトだった。明日の早朝4時に、【渡りの石碑】前に集合するということに決めて、僕らは家に戻った。  訓練を終えて家に帰ると、いつものように机の上には夕飯が並んでいた。父さんと母さんの「おかえり」という声に対して、「ただいま」と僕が返すのがいつもの流れ。ただ、そこにはいつもの明るい雰囲気はなかった。もちろんその原因は僕が明日、渡鳥試験を受けに行くからだろう。 「いよいよ明日ね」  席についた僕に、台所で作業中だった母さんがそっと漏らした。居間で本を読んでいた父さんも夕飯の席につき、話し始めた。 「センリ、お前がラインハルトさんの勇姿を見て渡鳥になりたいと言ったときは正直、子供の好奇心だと思っていた。ゲンプさんの訓練についていけず、すぐに諦めるだろうとな」  僕が渡鳥になりたいと言い出したのは6歳の頃。そう思うのは無理もないだろうな……。 「だが、お前はこうして諦めず、ついにはゲンプさんに認められるほどの力を身に着けた! お前がこの村を離れるのは寂しいが、父さんも、母さんもお前を誇りに思っている!」 「そう思ってくれるのは嬉しいけど、まだ試験を受けてさえいないからね?」 「あぁ、そうだったな。もうすっかり渡鳥になってしまった気でいたよ! みんなして『試験合格確実!』なんて言うもんだからな!」  小さな村だからそんな噂が立ってしまうのか。あんまり持ち上げられると、プレッシャーで胃が痛くなってくる……。 「そんなことより、町までの道中が心配だわ」  最後の一品をテーブルに置きながら、母さんが心配そうに言った。渡鳥試験の会場がある町までの道にはモンスター達が出現する。村を出れば、そこから町までは常に危険と隣り合わせの状況になるということだ。 「心配いらないよ。そのためにゲンプ師匠のもとで訓練をしてきたんじゃないか」  母さんを安心させるためにそう言ったが、村を出れば何があるかわからない。モンスターが出現するエリアでは決して油断するなと、ゲンプ師匠にも毎日のように言われていた。 「そうだぞ母さん! キークレイ君も一緒だと言うし、ゲンプさんも心配はいらないと言っていただろう」 「そうは言っても心配なものは心配なの」  台所での作業を終えて、ようやく母さんが席についたので、しばらくはできなくなるかもしれない家族での夕食を摂った。  その夜、布団の中で僕はクレイとの約束を思い出していた。  この村にも初めは同期の渡鳥志願者が5人いた。しかし、渡鳥はモンスターと戦わなければならないという性質上、その訓練は心身ともに厳しいものだった。生半可な訓練では実践で役に立たない。それを十分理解しているゲンプ師匠の訓練に耐えかね、僕とクレイ以外の志願者は諦めてしまった。  そうして志願者が2人だけになって数日が経った頃、クレイからその話を聞かされた。 『センはさ、留鳥(りゅうちょう)って知ってるか?』 『いろんな地域を渡る渡り鳥とは違って、1つの地域に留まる鳥のことだろう?』 『おぉ流石だな! 渡り鳥から"渡鳥"って呼び方を取ってるように、"留鳥"って呼ばれてる人たちが居るんだってさ!』 『留鳥……? どんな人たちなんだ?』 『渡鳥試験を合格した人が、自分の故郷の村や町に戻って、モンスターの襲撃から住人を守る人たちらしいんだ!』  そう呼ばれている人たちが居るというのはその時、初めて知ったことだった。でも、クレイが突然そんな話を始めた理由はわからなかった。クレイは続けた。 『3年前、この村を襲ったワイバーンの群れを撃退できたのはラインハルトさんがたまたまこの村に立ち寄ってたからだ。もし、ラインハルトさんが居なかったら、この村はとっくに潰されていたはずだ!』  その通りだろう。そして、あのときラインハルトさんの勇姿を見たからこそ、僕らは渡鳥になることを目標に壮絶な訓練を耐えてきた。 『ゲンプ師匠は、経験や知識はあるけどもうあの歳だし、こんな小さな村じゃ何人も渡鳥になろうなんて奴も現れない……』  それは僕らがよく理解していた。実際に、渡鳥志願者の同期は3人も諦めてしまったし、他の訓練生も片手で数えられるくらいしか居ない。 『だからもし、俺たち2人が渡鳥になれたら! どちらかが留鳥としてこの村を守っていくってのはどうだ!?』 『え……!』  やっとクレイがこの話を始めた理由がわかった。確かに、またモンスターの襲撃を受けてしまえば被害は計り知れないだろう。この村を守っていけるだけの力を持った現役の渡鳥が……留鳥が必要なのはその通りだ。 『センは、渡鳥になって自由に世界を見て回りたいって思ってるんだろ? 俺だって同じさ。ラインハルトさんの言葉だもんな!』  それはワイバーン襲撃の翌日に、僕とクレイにラインハルトさんが語ってくれたことだった。『以前はモンスターを恐れて、人間は町の外さえ出られなかった。それが、渡鳥になればその足で、自由にどこまでも見て回ることができるんだ!』  そう語ってくれたラインハルトさんの顔はとても生き生きしていて、子供ながらに広大な世界を夢見たことを思い出す。 『だから、恨みっこなしで勝負しようぜ! これでな! 勝ったほうが渡鳥になって世界をこの目で見られるんだ!』  そういって屈託のない顔で、腰につけていた木剣を僕の前に突き出した。  7年前の約束だが、今まで忘れることがなかった。あのときの話のように、現在もこの村には十分な防衛力がない。いや、僕とクレイが訓練生として居る内は大丈夫だった。もし、僕ら2人が渡鳥としてこの村を離れてしまったら、上級モンスターの襲撃には耐えられないだろう。  明日の勝負では、どちらが留鳥として村に留まるかを決める。留鳥として、生まれ育ったこの村を守るのも良いかもしれない。でも、もっと様々な世界を見て回りたい。そんなことをぐるぐると考えているうちに、疲労の中で僕は眠った。  翌朝、僕はまだ外が薄暗い内に起きて準備を始めた。クレイとの勝負のための準備だ。冷水で顔を洗い、動きやすい服に着替えた。そして、長年ともに過ごしてきた双剣を腰に巻きつけた。  待ち合わせ場所である【渡りの石碑】に行くためには村を出なくてはいけない。訓練で何度か村の周辺に出たこともあり、周辺に生息する低級モンスターの扱いも理解している。  準備を済ませ、テーブルに置いてあったパンを2つ食べた。その頃には朝日が顔を覗かせていた。クレイはもう石碑に着いているだろうか。準備運動も兼ねて、僕は駆け足で石碑まで向かった。  石碑までは大した距離じゃない。村に隣接した小山に入って数十メートルの道を行ったところにある。一直線で向かったため、低級モンスターにさえ出会わなかった。そして、その石碑の前で座っているクレイを見つけた。 「来たか! モンスターには遭わなかったみたいだな!」 「この距離だからね。クレイは違うみたいだね」  クレイの服に返り血のような染みを見つけた。おそらく道中に倒したモンスターのものだろう。 「まぁな! 準備運動がてら回り道してたからな」  どおりで道中にモンスターの死体らしきものや戦闘の痕跡がなかったわけだ。 「ほらこれ」  クレイが僕の前に木で作られた双剣を投げ置いた。いつも訓練で使っているもので、ところどころ欠けている。 「訓練場から持ってきたのか? 用意周到だな」 「いやいや! 真剣で切り合うわけにいかないだろう!」 「そりゃそうか」  僕は腰の双剣を地面に置いて、木双剣を拾い上げた。いつも訓練で使っているだけに、よく手に馴染む。くるくると木双剣を回して感触を確かめた。 「いいか。真剣勝負だ。勝ったほうが渡鳥として世界を旅できる! それで良いな!」  あのときのように右手の双剣を僕に突き出して、ニカッと笑った。 「良いよ。恨みっこなしだ!」 「訓練での模擬戦では24勝89敗だが……互いに絶対負けられない勝負はこれが初めてだからな!」  そんなに勝ってたのか僕は……。負けず嫌いのクレイのことだからずっとカウントしていたんだろう。僕はすっかり忘れていた。勝ち越していたとは思っていたが、まさかそこまで大勝していたとは。  自分の大勝具合に驚いていた刹那、クレイの姿がブレて目の前に迫っているのが見えた。仕掛けてきた! ――純粋な直線移動。一気に僕との距離を詰めて双剣の間合いに持ち込まれた。クレイが使っている武器も僕と同じ双剣。間合いに入れば、その手数と速度を利用して攻めることができる。  まず水平に回転したクレイの左手が僕の胸の前で空を切った。同じ軌道で右手の剣が迫り、それは僕の胸をかすめた。その回転力を活かして、次は頭上から斜めに振り下ろす軌道で来る剣を右手の剣で受け止めた。すかさずくる右手の剣は左手で受け止め、互いに両手を交差した状態で相手の剣を交わらせていた。  1秒に満たない膠着状態の後、みぞおちに鈍い痛みが走った。クレイが右足で僕の腹を蹴り飛ばしたんだ。判断が遅れてしまった……!  ノーガードの腹に一発を食らい、3歩ほど後退してしまった。食い込むようなみぞおちの痛みに気を使う間もなく、クレイはその間合いを詰めて追撃を仕掛けてきた。次は回転を使わず低い軌道。両足のすね目掛けて攻撃してくるつもりだろう。すねに食らえば、木剣といえどもしばらくは立てない。  間一髪でジャンプし(かわ)すことができたが、それも想定していたクレイの追撃にひたすら防戦一方となってしまう。鬼気迫る勢いで双剣の速度と手数を利用したクレイの猛攻に反撃の隙が見えない! 「くっ……!」  いつもの模擬戦とは比べ物にならない。流れるような剣技、瞬きさえできない速度、手の内を理解しているはずなのに攻撃に移れない。ひたすら繰り出される双剣の軌道を見て、防ぐか躱すことしかできない。 「守ってるだけじゃ、勝てない――っぜ!!」  クレイが振るっているのは左手の剣! まずはこれを右手の剣で防ぎ、次の右手の剣の軌道を読ん――。 「しまっ……!」  自分の判断ミスに身体が寒気を覚えたと同時に、僕の右手の剣が弾き飛ばされた。クレイの半身の影に隠れていた右手が、左手の剣に添えるように攻撃してきた。予期せぬ両手の衝撃に、僕の右手は耐えられず剣を離してしまった。  体勢を整えようとした僕の動きを見逃さず、クレイは攻撃の流れで1回転し回し蹴りを繰り出した。片方の剣を失って焦った僕は躱すことも防ぐこともできず、胸に蹴りを受けた。とっさに追撃を避けなければいけないと判断して、蹴りの衝撃を利用して数歩後退った。 「ぐぅ……ゲホッ! ゲホッ!」  息をつく暇もない、流れるような剣技と体術……。クレイには速度で劣ることは日々の訓練でわかってはいたけど、真剣勝負だとこれほどなんて。 「俺も本気なんだ。次で決めさせてもらうぜ!」  本気……。確かにそうだ。この勝負はいつもの訓練じゃない。僕たちがラインハルトさんに助けられて、渡鳥に憧れてから10年。世界を渡り、この目で見て周るという夢を賭けた真剣勝負なんだ。  それなのに、何をやっているんだ僕は。クレイが僕より疾いことなんて十二分に知っていただろう。クレイが体術を頻繁に使うところも見てきただろう。それを、片方の剣を失ってから気づくなんて。 「――ハッ!!」  クレイが一気に距離を詰めてきた!  武器は持ち替えた右手の剣しか無い。さっきまでとは違って剣で防ぐことはできない。  ――でも、元々双剣に"受け"はない。躱せ。よく見ろ。クレイの全身を、視線を、剣技の流れを! 「……っ!!」  クレイの顔から一瞬の動揺が見て取れた。双剣で防ぎながらようやく(さば)けていた攻撃を、1本の剣を使うことなく躱されているからだろう。僕もようやく頭が冴えて、視界が開けた。  真剣勝負でいつも以上に絶好調なクレイだが、攻撃には必ず癖が出る。そして双剣の攻め方にはいくつかパターンがある。そのパターンは同じ師匠の元で学び、同じ訓練を受けてきた僕は熟知している。後はクレイの癖さえ知っていれば、剣技の流れは読める。闇雲に攻めているように見える双剣の軌道も、実は規則性がある。今日のクレイは比較的スキが大きい回転技をよく使う……。  回転力を利用した双剣の攻撃はいくつかあるが、クレイは水平攻撃の後に頭上から振り下ろす攻撃をよく使う癖がある。無意識での動きだろうが、読めてしまえば対処は簡単だ。  動きは初撃で見た。次は……躱せる。 「なんで一発も当たんねぇんだよっ!!」  案の定、躱し続ける僕に苛立ったのか、クレイは回転技の動作に移った。回転技は自身の技の流れを利用した双剣技の要だが……。  手の内を知ってる双剣使いに多用していい技じゃない―― 「――なっ!」  僕は回転中に一度視線が後ろへ向くクレイの死角を利用して、即座に横へ回り込んだ。振り下ろされたクレイの双剣は空を切る。無防備なクレイの横側から、回り込んだ回転運動を利用して背中に木剣を打ち当てた。両手で持った木剣はクレイの背中に直撃し、鈍い音をたてた。  クレイはとっさに衝撃を逃がそうと前かがみになるが、直撃した僕の渾身の一撃の衝撃は逃がせなかったようで……。そのままゴロゴロと数メートルも転がっていってしまった。木剣でもこうも直撃してしまえば、背中といえどしばらく動けないだろう。 「くあぁぁ!!! いてぇぇぇぇ……!!」  ゴロゴロと悶えるクレイに申し訳ない気持ちもあったが、これが真剣勝負ということだろう。恨みっこなしだぜ。 「いくら速度の早い双剣でも、回転攻撃は隙も多いし目線も外れる。双剣使いの人間相手にそう何回も使っていい技じゃないぞ」 「でもこれ好きなんだもんなぁぁ!」  確かに1度目は面食らったし、良い蹴りを貰ってしまったわけだけど。  ……それにしても、危ない勝負だった。今日のクレイには本当に負けてもおかしくなかった。 「ふぅ……」  流石に疲れて僕はその場に木剣を置いて座り込んだ。 ――そのとき。  手をつけた地面が青く光り始めたと思うと、一瞬で光が円上に広がっていき魔法陣を形成した。 「なんだ!?」  地面にうずくまったままのクレイもその光景を見て思わず叫んだ。僕もつい立ち上がって、その魔法陣の中心に自分が居ることを確認した。魔法陣が完成すると、目を開けていられないほどの青い光が魔法陣から放たれ、目をつむった。  一瞬の出来事。光が収まったことを目を閉じていながら理解すると、ゆっくり目を開けた。すると、魔法陣の光はどんどん薄くなり、消えてしまった。 「な、なな何だったんだ!? 今の!」 「わからない。僕を中心に魔法陣が形成されたみたいだったけど……」  さきほどまで魔法陣があった地面を眺めていると、石碑の前で地面がボコッと盛り上がった。まるで何かが出てくるように。 「おいクレイ! 何か出てくるぞ!」 「おいおい! 俺はまだ痛みで立ち上がれねぇぞ!!」  咄嗟(とっさ)に、地面に落としていた片方の木剣を拾い上げて、もぞもぞと盛り上がる土に向けて構えた。しかし、そこに顔を出したのは……。 「ふぁ〜〜。……よく寝た」  なんだ、アレは。トカゲ? 大きめのトカゲ? 白色のトカゲ型モンスター? なんだかよくわからないものが、もぞもぞもと地面から「よっこらしょ」と言いながら出てきた。  
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