幽霊情報

1/1
前へ
/35ページ
次へ

幽霊情報

 赤錆に覆われたアパートの外階段に足音が響く。 (ん!? もしかしたら依頼者か?) 今、俺が経営するイワキ探偵事務所に最近客足が遠退いている。だからついつい期待した。 (浮気調査でも何でもいいから……) そう思いつつ瑞穂を見ると、ドアを見ていた。 (瑞穂も同じく仕事の虫か? 流石相棒) 俺は何だか嬉しくなっていた。  上熊谷駅の横の道路から国道へ向かう途中に、川が流れている。 其処が熊谷空襲で被害が甚大だった星川で、浅見孝一さんと八重子夫婦の調査を依頼してくれた方と出会った場所だ。 焼夷弾などによる空爆で多くの建物が延焼する中、暑さ凌ぎに小さな川に大勢詰めかけた。 其処で百名近くの命が奪われたのだ。 終戦直前の悲劇として語り継がれている史実だ。 俺は依頼者の口から語られた真実をお二人の親戚の人達にも告げた。 浅見久さんの最期の姿は、浅見孝一さんが亡くなった今ではその人以外解るはずがなかったからだった。 瑞穂だけではなく、本当はその人と一緒に行けば良かったと思う毎日だった。 依頼者には星川の灯籠流しの日に調査報告書を渡す手はずになっていた。 本当はもっと早く知らせてやりたいと思っていたけど、出来ることなら浅見久さんのご家族も星川の灯籠流しに来てみたいと連絡があったからだ。 改めて星川に寄ってみる。ゆったりと流れる川は今では憩いの通りとなっている。 まるであの日が嘘のように……  その通りを熊谷駅方面に向かう途中を曲がり、一本中に入った道。 古い木造アパートの二階。 東側の窓に手作り看板。 イワキ探偵事務所はあった。 間取りは六畳と四畳半、一坪キッチンとトイレ付きバスユニット。 俺が新婚生活をおくるために住んだ当初はもっとキレイだった。でも今は修繕もされないまままま放っておかれている。 目立たない場所だからかなと、俺は密かに思っていた。 通路側に開くドア。 靴置き場のみある玄関。 その横に広がる、洋間が事務所だ。 其処で探偵としての仕事を請け負っていた。  瑞穂は中学生の頃から、学校が早目に終わった日は良く此処に遊びに来ていた。 姉夫婦が共働きて鍵っ子だったからだ。 だから見よう見まねで迷子の子猫捜しなどを手伝ってもらっていたのだ。 弟に子供を預かってもらっている。きっと姉はそう思っていたはずだからだ。 でも本当の理由は俺が心配だったからだ。 姉は俺が新婚時代に殺された妻の敵を探すために探偵になったと知っているのだ。だから瑞穂は俺のお目付け役だったのだ。 それに乗じて、給料は小遣い程度だった。だけど瑞穂はアルバイトだと思っていたに違いなかった。 瑞穂はきっとそられを貯めて、みずほちゃんとお揃いのフィーチャーフォンを買ったようだ。 ガラケーサイトが次々と閉鎖されている今とは違い、その頃はまだ検索サイトも沢山あったようだ。  足音はイワキ探偵事務所の前を通り過ぎた。それを確認して、溜め息を吐いた。 (仕事依頼じゃなかったのか?) がっかりしながらも居眠りをしている振りをした。 瑞穂には余裕を見せたかったからだ。 その時電話が鳴り、俺は慌てて受話器を取った。 「何だ、木暮君か?」 かっかりしながら瑞穂に受話器を渡す。 木暮君は瑞穂の親友で、今頃湘南に近い海の家にいるはずだった。 其処は花火大会の舞台でもあり、サーファーの聖地でもあるそうだ。 「木暮、確か今日は海水浴だって言ってたな?」 『海水浴じゃないよ。海の家の手伝いだって言ったろ』 受話器から漏れてくる声に耳を傾ける。 「あ、そう言えば聞いた覚えがあるな? 確か、海開きして百年目だとか?」 『そうなんだよ。明治時代から続く歴史のある海水浴場なんだ。其処に親戚が休憩場所を接地して今年で丁度百年なんだ。でも今危機に瀕してる。だから瑞穂の霊感を借りようと思って電話したんだよ』 「俺の霊感!?」 その言葉を聞いて俺は立ち上がった。仕事依頼だと思ったからだった。 瑞穂には霊感がある。 子供の頃にもあったようだか、今は強大になっている。その力で幾多の難事件も解決してきたのだ。  「危機に瀕してるって?」 『霊感のない俺が、幽霊の声を聞いたんだ。だけど皆、錯覚だろうって言ってる。だから怖いんだ』 「そりゃ、皆が正しいんじゃない?」 『何だよ、瑞穂まで俺を馬鹿にしているのか?』 「違う……」 そうは言っても次の言葉が出て来ないみたいだ。 『一度此方に来て、瑞穂の霊感で調べてみてくれないか?』 「その海水浴場って?」 『ホラ、俺の親戚が経営している海の家だよ。一度瑞穂を連れて来たことがあったろ?』 「あぁ、彼処か?」 そう言った途端に瑞穂は縮こまった。 「其処はヤバいって!」 『ヤバいって、何が?』 「あの時、俺は何かを感じて海岸に近付けなかった。それを今思い出した」 『やっぱり何かが居るのか?』 「おそらく子供の霊だ」 『やっぱり』 その途端、木暮君は黙ってしまった。 もしかしたら、瑞穂の霊感が判断したのかも知れない。 それでも木暮の要請を受けようと思っているみたいだ。俺にとっては願ってもないチャンスだった。本当は瑞穂の恐怖を考えたら断りたいのだけど…… 木暮君が何故事務所に電話をして来たのかと言うと、瑞穂を連れ出す許可を俺からもらうためでもあったようだ。  瑞穂は早速、熊谷駅から電車で海水浴場の最寄りの駅を目指した。 でもその日の内に木暮君と帰って来た。 俺はしてやったりと思っていた。 実はさっきペット探しの依頼が舞い込んだのだ。 瑞穂が居なくても出来る仕事だから引き受けたけどこれで鬼に金棒となった気がする。 俺にとって瑞穂は掛け替えのない相棒なんだと今更ながらに気付かされたのだ。  駅に着くと改札口の前には木暮がいたそうだ。 (きっと相当怖かったのだろう?) そう思いつつ報告を受けた。 「『早速だけど、どんな現象?』って聞いたら、『それが、どうやら聞いているのは俺だけなんだ』って木暮は言ったんだ。『何だよ、それ。こんな場所まで呼び出しておいて……』って言いながら、でもまだ被害者は出て居ないってことらしい。と思った」 瑞穂は子供の頃に感じた恐怖をあの頃より強くなった霊感で確かめようと思ったらしい。  瑞穂は子供の頃、駄々をこねて皆を手こずらせたそうだ。 それで結局抱き抱えられて海の家の中にいたのだ。 そんな思い出に押し潰られそうになっていたようだ。 「でもそれでは何も始まらない。そう思い、覚悟を決めて浜辺に足を踏み入れたんだ。その途端に深部に哀しみが伝わった」 「『子供が……いや、まだ乳飲み子だ。この海から流されたようだ』瑞穂が言ってくれた。俺はそれを待っていたんだ。だから『オジサン聞いた通りだ。やっぱり幽霊が居るんだよ』俺はそう言いながら震えだした」 「『あれっ、君は確か』ってオジサンが言ったら『あぁ、あの時のオジサン。俺を抱いて海の家に閉じ込めた』って言った」 「『閉じ込めたって人聞きの悪い』ってオジサンが言ったんだ。だから『だってそうじゃない。恐怖で震えているいる子供を無理矢理……』って瑞穂が言ったら『そんなに怖かったのか?』って聞いたんだ。『今も怖いです。でも何事もなくて良かったです』と瑞穂が言ってくれた」 「『何かあるのか?』オジサンは木暮に向かって聞いた。『オジサン、コイツ霊感が強いんだ。だからきっと子供の頃、動けなくなったんだと思うよ』って木暮がフォローしてくれた。『木暮の話が気になって、来てみました。やはり何がしらの霊はいるみたいです。此処に子供か乳飲み子を流したか埋めたかしたと聞いたことがありますか?』と俺は尋ねてみた」 「『あぁ、大昔の話だ。将軍の弟の恋人が産んだ男の子が流されたらしい。でも此処では、本当は助けられたってことになっているんだが……、本当にその霊か?』ってオジサンが言うから疑問が湧いた。だから『流されていないって、どういうこと?』って聞いたら『将軍様の部下が殺すことを躊躇って、生き延びたってことになっている』って言ってくれた」 「『でも何故、将軍様は殺そうとしたのだろう?』って言ったら、『それは、やはり跡目相続だ。お家騒動の火種にもなり兼ねないからな』『男の子だから?』って言ったらオジサンは頷いた」 二人は代わる代わるに今日の出来事を説明してくれた。 「『でも、それ以外にも沢山の霊を感じる』って言ったら『あぁ、昔此処は処刑場だったそうだ』って言ったんだ。それを聞いて俺は踞ったよ」 瑞穂はそう言いながら、自分の体を抱き締めていた。  「海岸線を見ると地蔵菩薩像が立っていたので其処まで移動することにした。『賽の河原って知ってる?』って聞いたら『あぁ、良く石が積んである場所か? 俺がテレビで見たのは河原っていうより海だったな』って木暮は言った」 「『この地蔵菩薩がその子を守ってくれているのかな?』って聞いたら『でも、この子はまだ成仏出来ていないようだ。だから母親を求めてさ迷っているみたいだ』って瑞穂は言ったんだ」 「母親!?」 俺は木暮君の言葉に反応してしまった。瑞穂のことだ、きっと探しに行こうと言うに決まっている。 「『ねえ、オジサン。その母親って何処にいるの?』って聞いた」 案の定だと思った。きっと俺も巻き込むために早く帰ってきたのだと確信したからだ。一体何処に母親はいるのだろう? 「『確か埼玉に墓があるって聞いた』ってオジサンは言い出した」 「埼玉!?」 それで、何故二人一緒に帰ってきたのか理解した。  「お墓は利根川沿いにあるあるらしいから行ってみることにした。取り敢えず行田かな」 瑞穂と木暮君はそう言うと、早速行田に向かった。 行田は熊谷の一つ上野寄りの駅だ。 でも市役所まではかなりあるらしいので結局自転車になった。 どれだけ時間がかかるかも判らないけど、兎に角行くしかなかったのだ。 結局、ペット捜しは俺だけでやることになったのだった。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加