女装探偵誕生

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女装探偵誕生

 俺はこともあろうに、上村さんもこれで助かったと思っているだろうと感じていた。 水村さんが苦しんでいるのに何て不謹慎なんだと、心の中では腹を立ててはいたのだけど…… 妊娠騒動のお陰で破談にされた上村さん。 その自分の子供を身籠ったとされた妊婦が流産してしまったのだ。 その上、それを企てたらしい和也さんが銃刀法違反と殺人罪で逮捕されたのだ。 きっと一番喜んでいるのは上村さんに違いないだろうと思っていた。  あの日。 瑞穂が帰った後で水村さんが事務所を訪ねて来て、初対面の男性から強姦させられた事実を聞かされたのだ。 水村さんは又も泥酔していたようだ。 実は俺は水村さんが流産した現場を知っていた。 それは上村さんの住んでいるマンションだった。 俺はその時、上村さんが和也さんの手口を真似たと思った。 上司のお嬢さんを奪われた復習を、同じように巻き込まれた水村さんに向けたのだと思ったのだ。 だから俺は上村さんを疑っていたのだ。  出世するために恋人である水村さんを利用した和也さん。 きっとバーが何かで飲んでいた席に上村さんを呼び出したのだろう。 水村さんにはその時の記憶は無いようだ。 恐らくその前に泥酔させられていたのだろう。 あのロートエキスに近い物で…… 意識朦朧となっても、水村さんは和也さんと一緒に飲んでいた事実があった。 だからお腹の中に誕生した我が子を和也さんとの愛の結晶だと思ったのだ。 水村さんにとってそれが初体験だったようだ。 だから尚更、和也さんの子供だと信じたのだ。  俺は女装した。 部活が忙しいらしくてなかなか瑞穂が来てくれないからだ。 アイツは恋人にカッコ良くゴールを決める場面を見せてやりたくて連日連夜練習していたのだ。 だから『サッカーなんて辞めて手伝ってくれ』って言っていたのだ。 瑞穂にとっては迷惑な申し出だけど、それだけ痺れをきらしていたのだ。 俺はまず取り置きした新聞のチラシに目を通した。 ファミレスなどは割引券が印刷してあるから支払いが楽になるし、地図も載っているから色々と便利なのだ。 まず、上村さんのマンション近くを検索してみる。その後で近場のファミレスへチケット持参で行ってみた。 でもそれが失敗だった。 俺を不審者だと思った近所の主婦達が警察官を呼んだのだ。  元警視庁の刑事だった肩書きも通じない。 ましてや探偵と言う職業もだ。 俺はブタ箱に泊められそうになっていた。 そんな俺を助けてくれたのは、偶々和也さんに面会に来ていた上村さんだった。俺の姿を見て一瞬目を丸くしたけど、自分の知り合いだと言ってくれた。きっと吹き出したかったのだろう。無理やり声を押さえたのが解った。 刑が確定していない容疑者の和也さんは刑務所ではなく、拘置所に収監させられていたのだ。 そしてそれは警察署の中にあったのだ。  殺された警察官には、常に悪い噂がつきまとっていた。 でも俺は全く気付かなかった。 探偵という仕事上、警察官と対峙する。 今回のようなこともあり通報されたりするからだ。 そんな時、あの警察官が手を差し伸べてくれた。 だから尚更信頼していたのだ。  「今回だけはヤバいと思ったよ。調べてる相手が殉職した警察官だからな」 俺はそう言いながら探偵ノートを示した。 「叔父さん、この乾燥大麻って?」 「交番に保管してあった物なんだって。どうやら紛失させたようだな」 「もしかしたら亡くなった警察官が関与していたとか?」 瑞穂は聞いてはならないことを言っているようだ。 でも俺は静かに頷いた。 「実は上村さんに警察署で会って色々と聞いたんだ」 「警察署!?」 瑞穂は何かを感じたらしい。 でも俺はごまかすことに決めていた。 「アイツは自分が所持していた拳銃で撃たれた。不名誉だけど、職務中に死亡したことには違いないんだ……。瑞穂には何時も慎重に行動しろと言っていたのに、俺は我を忘れていた」 「変質者に間違えられたの?」 「違う。そんなんじゃない!!」 俺は声を荒げていた。 「アイツはその大麻を使って冤罪をでっち上げ、金銭を要求していたんだ」 「もしかしたら和也さんも?」 「連行されるのを同僚が偶々見ていたそうだ。俺の推測だけど、その警察官はどうやら水村さんの流産にも関与しているらしい」 その言葉で瑞穂は黙ってしまった。  「瑞穂お願いだ。俺の顔はバレている。後のことは頼んだ」 「もしかしたら女装?」 俺はこの時、本当はシメシメと思っていた。 二度と女装はごめんだったのだ。 「だって瑞穂。水村さんが流産した場所は上村さんのアパートだったんだよ。それも例の警察官が立ち去った後だそうだ」 俺はさも辛そうに言ってやった。 「ってことは上村さんも水村さんの子供が邪魔だった訳か?」 「出世するために上司の娘さんと婚約したのだとしたら有り得る」 「イヤ、違う。近所の目があるんだ。水村さんだけでなく、警察官を自宅に入れるか? 何か裏があるな」 瑞穂が呟いた。  瑞穂は俺に言われた通りファミレスに入った。 すると早速ターゲットを発見したそうだ。 「言った通りお喋り好きなんだな。感心しながら背中合わせの席に着いて一応メニューを見ながら聞き耳を立てたよ」 「俺が渡したクーポン券使ったか?」 「うん。ドリンクバーは百円だけど、単独では使えないので、女子高生らしく北海道濃厚ソフトチョコソース付きを注文したよ。これなら俺の小遣いでも楽勝だったからね」 「録音機のスイッチをオンにして怪しまれないように小さなノートと教科書を広げ雑談の内容をメモしたんだ。万が一の不測の事態に備えるためだ。もしかしたら録音されていない場合も有り得るからね」 そう言いながらボタンを押した。 『思い出したんだけど、拳銃奪われて殺された警察官って、あのアパートから出てきた人よね?』 『そうよ。今ごろ気付いたの?』 『慌てて逃げ出したから何かと思ったら女性が血を流していたからてっきり殺人事件だと思ったわ』 『まさか流産だったなんてね。あの女性も気の毒ねか』 『何でそんな話するの? 何処かの女優さんじゃないけど、メシが不味い』 『あっ、ごめんなさい。だってあの女性、上村さんの恋人じゃないのよね? そこが気になって』 『本当よね。何で彼処にいたんだろ?』 『きっと新恋人よ。上村さん女性問題で破談になったそうだから』 『えっ嘘!? 上村さんはそんなことする人じゃないわ』 「この発言からこの女性何か知っていると感じた私は後を付けてちることにしたんだ。だってその女性全員の支払いを済ませたのだ。何かあると探偵の勘が騒いだからだった」 「瑞穂凄いぞ。やっぱり探偵やらないか?」 俺の言葉に瑞穂は黙ってしまった。  「それでどうした?」 俺は続きが聞きたくてウズウズしていた。 瑞穂の黙りなんか許せるはずがないんだ。 「女性は別の店に入って行ったよ。店のウインドウ越しに見ると、其処には上村さんが待っていた」 瑞穂は渋々言った。 「えっ!?」 「だから上村さんが居たんだよ。だから慌てて又背中合わせの席に座ったんだ」 「上村さんとは面識があるからな」 「うん。だからメニューは指で差したんだ。じゃあ続きいくよ」 俺は又録音機のスイッチを入れた。 『やっぱりあの日訪問者があったそうよ。車椅子に乗った女性とあの警察官らしい。合鍵で入ったようね。それとも鍵、開てた?』 『そんな、確かに閉めて出たよ。もしかしたら合鍵を誰かが作ったか?』 「その時俺はピンときたんだ。その鍵を用意したのは和也さんではなかったのだろうかと」 「うん。それはあり得る」  俺は仮説をたて始めた。 上村さんの部屋の鍵を和也さんが作り、それを警察官に渡した。 和也さんは又水村さんを泥酔させ警察官に襲わさせた。 それが乾燥大麻所持を見逃してもらう手筈だったのか? 和也さんは出世するために恋人の水村さんをも利用する人だ。 警察沙汰になろうとしている時に形振りなど構っていられなかったのだ。  和也さんは上司のお嬢様と婚約した上村さんを出世コースから蹴落とそう、恋人の妊娠を利用したのだ。 これで出世頭は自分になると踏んだのだ。  そんな時、あの警察官の悪巧みに引っ掛かった。 そうなればもう会社での立場もなくなる。 そればかりかクビになってしまうかも知れない。 だから水村さんを差し出したのだ。 和也さんは更なる悪知恵を働かせた。 上村さんと飲んでいる時抜け出してアパートの合鍵を作ったのだ。 水村さんに又悪酔いさせて、警察官に合鍵と一緒に引き渡したのかも知れない。 水村さんと上村さんが男女の関係を持った時と同じような状況を作り上げたのだと思った。 あわよくば、流産してしまえばよいと考えたのかも知れない。 でもそれでは、あの警察官を殺害したのは水村さんってことになる。 それだけは絶対に違うと願っている自分がいた。  表向きは真面目な警察官は裏では悪どいことをやっていた。 元警視庁の刑事だった俺さえも騙されたのだ。 和也さんも一たまりもなかったはずだ。 「これで一件落着かな?」 「証拠がない」 瑞穂の言葉を受けて俺は言った。 「表向きは真面目な警察官を装おいながら、裏では悪どいことをやっていたんだよ。会話を録音したテープもあるんだ。それでもダメなの?」 「この手の物には証拠能力が無いんだ」 「だったら何故俺に調査させたの?」 「だったら聞く? お前は警察官を殺したが水村さんだと言っているんだぞ」 俺の発言に瑞穂は黙ってしまった。 瑞穂の推測が正しければ和也さんは水村さんの胎児を殺したことになる。 それも自分の子供かも知れない分身をだ。 和也さんにしてみれば出世コースに乗る良いチャンスだったのだ。 でも警察官が邪魔に入った。 だから恋人を差し出す振りをして、上村さんに濡れ衣を着せようとしたのだと思った。 「完全犯罪だな?」 「いいや、不完全だ。和也さんは探偵の力を軽くみたのだろう?」 「それじゃ……」 「でも、俺からは言えない。自首してくれるのを待つしかない」 「水村さん、自首してくれるかな?」 「瑞穂は水村さんだと思ったのか?」 「えっ違うの!?」 「俺の推測じゃ、上村さんだと思う。強いて言えば、上村さんと水村さんの協同の犯罪だったのかも知れない」 本当はそんなことあってほしくない。 俺も瑞穂も、罪状通りに和也さんが警察官を殺した真犯人だと思いたかったのだ。 「瑞穂。これは他言無用だ。例えみずほちゃんに聞かれたとしても絶対に守ってくれ」 叔父が小指を出した。 「乙女ちっくだね」 「そうか? あっ、それで思い出した。さっきみずほちゃんがこのアパートを見ていたような気がする」 「嘘だーい」 瑞穂はきっと俺に俺に悪いと思いながらも認めなくないのだ。 「そうだ忘れていた。はい瑞穂、約束の初給料だ」 瑞穂は俺からそれを受け取った。  瑞穂は未だにみずほちゃんをイワキ探偵事務所に連れて来ていない。 でも俺はみずほちゃんとお母さんを知っている。 探偵としての初仕事の時に迷惑掛けた人だから、瑞穂の叔父である事実を伝えていいか迷っている。 余計な心配ののかも知れないけど……
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