瑞穂とみずほちゃん

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瑞穂とみずほちゃん

 あれから幾つもの依頼来た。 俺はそれらを瑞穂と一緒に懇切丁寧に解決させた。 瑞穂は俺にとっては欠けがえのない相棒へと育ってくれたのだ。 でも未だに妻を殺したであろうラジオとは遭遇していない。 瑞穂もそれを何時も考えてくれていたのだ。  ある日、若い女性から恋人の素行調査を依頼された。 「結婚を約束した恋人が最近冷たい。浮気をしているかどうか調査してほしい」 健康保険証を見せながら彼女はそう言った。 マイナンバーのように顔写真は無いけど、生年月日などから本人だと確信した。 「その恋人の職業は?」 「高校で教師をやっています」 「先生ですか? それは心配ですね」 「解りますか? 彼ってまだ若いから、女子高校生が誘ってくるらしいのです」 「解りました。何とか調べてみます」 俺はその仕事を引き受けた。  女装させた瑞穂とラブホにも入った。 瑞穂は拒んだが、俺が力ずく引き摺り込んだのだ。 『校則違反で退学になったら俺が骨を拾う』 そうは言っても瑞穂は納得してくれなかった。 だけど…… 捜査対象者を見た途端に観念したようだ。 急に俺の傍に寄り沿い恋人同士のような振りをしてくれたのだ。 本当はド肝を抜かれたように感じた。 その後で大胆に女を演じてくれたのだ。 「覚りが開けたのか?」 俺はつい言っていた。 そんなアホな……とでも思ったのか、瑞穂は大笑いを始めた。 (止めておけ、良い女が台無しだ) 瑞穂は俺でもドキっとするような女になっていた。 (義兄貴はあんなにゴツイのに……うーん、やはり姉貴似かな?) 瑞穂を見る度に思うことがある。 サッカーのエースにならなくてもみずほちゃんは愛してくれる。だから仕事をもう少し手伝ってくれないかと。 だってみずほちゃんは正義感に溢れたあの女性の娘さんだ。 俺の妻のような夫人警察官にもなれるだろう。 俺は秘かにそう思っていた。 瑞穂が警察官に憧れていたのは知っている。 でもそれは俺の結婚式での正装を見たからなのだ。 確かにあれは着ていた俺でも惚れ惚れした。 だから瑞穂の気持ちも解る気がしたのだ。  探偵って言うのは、ゴミ漁りもする。 それも列記とした違反事項だと俺は知っている。 下手すると警察にパクられるかも知れない。 それでも背に腹は変えられなくてやってしまっていた。 《この資源物(新聞・雑誌・ダンボール・紙パック・布類・アルミ缶・スチール缶・ペットボトル)は市の資源回収に出したもので、所有権は市にあります。無断で持ち去ると窃盗罪にあたるので発見しだい法的手続きをします》 俺が何時も朝早く持って行く、ゴミ置き場に設置してあるバスの停留所みたいな立て看板にはゴミの持ち去り禁止とハッキリ明記してある。 もしも違反を犯したら、相当の罪になるらしい。 だから本当は恐い。 『古新聞やリサイクル品だけじゃない。今、自治体によっては可燃物でも有料なんだ。その仕組みの殆どが、専門のゴミ袋販売だ。それで出さないと回収しないから、皆高い料金を払うしかないのだ。そんな品物を無断で持ち去っていいの?』 瑞穂は何時も俺に言っていた。 『テレビの刑事物や探偵物のドラマでは時々そんな場面も見受けられるけど……』 瑞穂は探偵はドラマのようにカッコいいものだとは思ってもいないようだ。 『どうしてゴミを持って来るのか? その答は個人情報の特定に繋がるからだ。浮気の調査だったら、チリ紙の中まで調べ上げる。皆無防備だから簡単に捨ててしまうようだ。それに乗じて徹底的に証拠を集めるのだ』 俺も調子づいて言っていた。 『ヤだよ。いくら仕事のためだって言っても、チリ紙の中身だけは……』 それが何なのかは瑞穂にも予想がつくみたいだ。 俺だってそんな物調べたくもない。 でもやらなければならないのだ。 男女の関係があるかないかはそれで解るからだ。 (本当に皆無防備だから助かるよ) 俺もそのような行為が板に付いてきたのかも知れない。  そんなことよりもっと重大な事件が起きてしまった。 それは瑞穂の恋人のみずほちゃんの死だった。 奇しくも瑞穂は俺と同じような傷みを抱えてしまったのだ。 それも突然…… 俺の場合は殺人だったけど、みずほちゃんは自殺だったのだ。 (んな馬鹿な!? 瑞穂とラブラブなみずほちゃんが死ぬはずがない。きっと事故か何かだ!!) 俺は言い知れぬ怒りに震えた。 みずほちゃんは長女で、下に兄弟もいた。 だから姉夫婦は早いうちから瑞穂のお嫁さんにと申し出ていたようだ。 いわきみずほ同士だから新婚時代からこんがらがること請け合いだけど……  ――岩城(いわき)みずほが学校の屋上から飛び降り自殺したらしいよ―― その連絡があったのは瑞穂が部活で、隣り街のサッカーグランドに移動中のことだったそうだ。 何故か一人だった。 「俺はみずほといちゃついてた。だから遅れたんだ。だってみずほが離してくれなかったんだ。何故あの時気付いて遣れなかったなか後悔している」 急を聞いて駆け付けた時、その携帯電話のメールを見せながら瑞穂は言った。 瑞穂泣いていなかった。 いや、本当は身も心もボロボロになっていたんだ。 ただ、涙で頬を濡らしていなかっただけだった。  告別式、通夜共に会場は市の斎場だった。 其処へ最新機器を駆使した遺体検案を終えて到着した。 遺体は瑞穂とみずほちゃんの両親が校庭で見たままの姿だったそうだ。 良かった! と思ったのか、瑞穂からため息が漏れた。 遺体をこれ以上傷付けたくないと言う両親。 それを説得させて瑞穂は解剖を勧めたようだ。 幾ら納得いかないからと言っても、して良いことと悪いことがある。 だから瑞穂は自分の行為を愚かだと思い続けていたのだ。 死因は全身打撲と脳挫傷。 飛び降りた事実に間違いなかったが一つだけ気になる箇所があったようだ。 それは、胸元に微かに付いた痣。 もし打ち付けたのだとしたら、もっと強く出るらしいのだ。  気になった瑞穂は悪いと思いながら、その部分を開けて見た。 「あっ!?」 思わず叫んだ瑞穂。 「あっーー!?」 次は驚愕した。 「みずほはやはり殺されたんだ!」 瑞穂はみずほちゃんの遺体にとりすがっていた。 みずほちゃんの胸元にあった痣が掌のようになっていたからだ。  「この痣は……確かに人の手の形だ」 「こりゃあ、殺しの可能性も否定出来ないかも知れないな」 「誰かに突き落とされたのか? でもあの時、確か大勢の人が屋上に集まっていたと言っていたな」 「確か全員が自殺の目撃者だったな……あーあ、こりゃ難航するな」 駆け付けて来た警察官等はそれぞれに発言して頭を抱えていた。  鑑識が胸の痣のサイズを調べている。 周りを見ると、大勢の学校関係者がみずほの胸元に付いた痣を見ていた。 その中の一人が瑞穂に近付いてきた。 その人を見た時ビックリ仰天した。 俺が浮気調査をした人物だったからだ。 「なあ磐城。さっき聞いたんだけど、あの痣お前が見つけたんだってな」 瑞穂は頷いていた。 「辛いよなー」 その人は泣いていた。 「こんな時になんだけどな……以前会ってた人の旦那さんは、この前心臓病で亡くなったんだ」 (きっと……あの日のことに違いない) 俺はそっとその場から離れた。 瑞穂が女装から制服姿になって、その男性と接触したのは知っていた。 (そうか、きっと担任か何かなんだろう? だから瑞穂は女を演じたのか?) 俺は妙に納得していた。  白々と朝が開ける。 昨夜瑞穂は線香番をかって出た。 少しでも傍にいてやりたかったのだ。 線香番と言うのは蝋燭と線香を絶やさずに故人を見守る儀式だ。 香りで会場を清める意味もあるそうだ。 長時間使用可能な蚊取り線香を細くしたような物も出来たのでではあまりやらなくなったそうだ。  そんな瑞穂を見守っていた。 でも気付いたらアラームが鳴り出した。 その音で瑞穂が振り返る。 「ごめん。脅かすつもりは無かったんだ」 俺はそう言いながらスマホをポケットから取り出した。 「目覚ましだよ。電源切るの忘れてた」 バツが悪くなって作り笑いをした後ふいに瑞穂の頭を胸に押し付けた。 「瑞穂、悲しい時は思いっきり泣け」 優しさのつもりだった。 でも瑞穂はその言葉がショックだったようだ。 「ごめん叔父さん、俺泣けないんだ。何だか解らないけど涙が出て来ないんだ。悲しいんだよ。辛いんだよ。でもダメなんだ」 瑞穂は辛い胸の内を俺に打ち明けた。 それほど瑞穂は俺を信頼していたのだ。 瑞穂は泣けないのだ。 心は悲鳴を上げているのに…… だから俺は瑞穂の傍で見守ることにした。  数日後。 突然瑞穂が同級生らしい女性を伴ってやってきた。 「何だ瑞穂か。そう言えばお前、さっき帰ったんじゃなかったのか?」 俺の質問に瑞穂はタジタジだった。 (まさかこの女性とラブラブ?) 不謹慎だと思ったが、みずほちゃん以外の女性を瑞穂が連れていたことがなかったからだ。 「それにしても珍しい。そうか彼女を迎えに戻ったって訳か?」 「ねえ瑞穂の叔父さん。瑞穂の女装をお願い」 彼女は俺の質問もお構いなしだった。  「大切に着ろよ」 そう言いながら俺は妻の形見のワンピースをタンスから出した。 「はい、それとスパッツ」 「瑞穂の叔父様古い。それ今レギンスって言うのよ」 「し、知っていたよ」 彼女の勢いに俺はしどろもどろだった。 そうこうしているうちに、二人は妻の花嫁道具の一つである三面鏡の前に行って着替え始めた。  暫くして意気消沈した瑞穂が帰ってきた。 借りていたワンピースを脱いでからシャワーを浴びるために風呂場に入った。 気を遣いながらも頭を掻きむしっていた。 「あれっ瑞穂?」 出てきた瑞穂を見て思わず声を掛けた。 泣いていたかららだ。 『瑞穂、悲しい時は思いっきり泣け』 葬儀の朝の俺の言葉が脳裏によぎる。 (そうか、やっと泣けるようになったか?) 無言の時間の共有が二人の絆を強めるような気がした。 「ところで、さっきの女の子だけど……。多分どっかで会ったことがあると思うんだけど、思い出せないんだ」 珍しく俺は弱音を吐いた。 『記憶は探偵の命だ』何時もそう言っていたのに…… 瑞穂は俺の言葉で暫く黙り込んだ後で、あの女性がイワキ探偵事務所の袋を持っていたと打ち明けた。 「何でも、結婚を約束した恋人が最近冷たい。浮気をしているかどうか調査してほしいと言う依頼だった」 俺はあの時の女性だと確信しながら言った。 「その恋人って? もしかしたら……」 「お前には確か内緒だったな。その恋人と言うのが高校の先生だった」 「やっぱり。それは俺の担任だ。あれは偶然じゃなかったんだ。有美が頼んだのか……」 何が何だか解らない。 偶然じゃなかったとは一体何なんだ。 この依頼はこれからも俺達の運命を狂わせていくのだろうか?
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