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(これは……、まさか……!)
一瞬、頭が真っ白になりかけたが
(い、いや。深く考えるのは止そう……)
この期に及んでまだそんなことを考えた石原は、とにかくケンに気付かれぬようそぉっと窓枠から離れようとしていた時だった。
「あー! 居た、居た! ちょっと、駐在さーん!」
突然の竹の声。
振り向くと、塀越しに竹が石原を見つけて大声で呼びつけている。
「もー、あんたどこ行ってたのさー?!」
「あ、いや、その、ちょっと待って、竹さん……」
石原が言い終わらぬ内に、竹は
「あんたに話したい事あって駐在所に寄ったのに、あの金髪でかチャラ男しかおらんのやもん。お話にならんわー!」
次々と自分の言いたいことを告げた。
どうやら竹に「ちょっと待って」は通じないようだ。
今、この場所で話しかけられたくはなかったが、石原の都合などお構いなし。
そう言えば、今日は真の着メールに気を取られ、立ち番の後すぐに出かけたので恒例の竹とのおしゃべりタイムに付き合っていなかった。
「これ、これ! 見てよ、このきゅうり! 芸術的な形だろ?」
竹が手にしたキュウリはUの字にまがり、もう少しでOになりそうだった。
「は、はあ……」
「これ、あげるよ。形は変だけど、味は一緒。保証する!」
竹は、大きな声でマシンガンのように喋り続ける。
やばいな……と思いつつ、そっと窓の方を振り返って見たが、見える位置にケンはいなかった。
(どこ行ったんだろ?)
と思っていたら、竹から
「んー? そういえば駐在さん、あんた、こんな所で何をしているんだい? 金髪男は、『石原さんは二時間は帰らない』って言ってたのに……」
鋭い指摘。
ケンのことは金髪でかチャラ男が金髪男に省略されたが、この際そんなことはどうだっていい。
「あ、あぁ。忘れ物をしたので、取りに帰ってきたんです。でも、裏手の草がぼうぼうになっているのが気になりまして、見に来たんですよ」
小学生が先生に当てられて、張り切って必要以上に大きな声で発言するかのように石原は答えた。
ケンに聞こえるように……だ。
「本当だねー。駐在所の裏庭、すごい草ぼうぼう。草むしりするときは言ってね」
竹の言いっぷりから手伝ってくれるのかと思えば、
「そん時は、ついでにうちの庭の草もお願いするわー」
図々しいお願いが、もれなく付いてきた。
「はあ」
石原が生返事をしていると
「きっぱり断れよ、石原さん」
先ほど石原が覗いていた窓を開けて、ケンが言った。
「なんだい、あんたに言ってないよ!」
「俺がするようなもんだから、言ってんだ!」
駐在所の塀と石原を挟んで、舌戦が始まりそうだったので
「竹さん、またね!」
石原は急いで、駐在所の表へと回った。
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