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「はぁ……。 え? ええっ?!」
不意打ちの石原の言葉を理解するのにやや時間がかかったケンが、分かった途端完璧に自分の置かれた状況を見失い、
「い、石原さんっ!」
思わず目の前の石原を抱きしめようとした。
が、相手は柔道の達人。
紙一重で、後ろにそってかわされた。
ケンの腕が鼻先を掠めるが、特に意に介さずに座り直して石原は
「そうじゃなく! 他に言うべきことあるでしょ?」
やや語気を強めた。
ケンは、
(石原さんの聞きたかったことはこれじゃなかったのか?)
飴と鞭の温度差ですっかり混乱の極み。
ケンは目をしばたたかせ、次に思い当たることを告白した。
「じゃあ、あれか……?」
「多分、それです」
いいかげんに根拠なくケンを肯定した石原は、すぐに後悔した。
「すみません。俺……、『いつも人に親切にしなさい』という石原さんの教えを裏切って、竹さんがしょーもない雑談に来た時に邪険に追い払っていました」
「それはさっき見たので、知ってます」
「じゃ、じゃあ、その後か?」
「君、まだ何かやってるんですか?」
「マツ男が『漁業組合の書類の書き方が分からない』って泣きそうな顔して石原さんに頼みに来ていたけど『そんなの、自分で書け!』って追い返した」
「……」
「ん? これも違うのか? じゃ、じゃあ、ちょび髭エロおやじの藤本が……」
「あ。もう、いいです」
ケンの言葉を遮って、石原が言った。
同時に
(本当に、どうしようもなく小物だった……)
と思わずにいられなかった。
だけど、どうしてだろう。
目の前のこの大きな男が可愛いと思ってしまう。
こんなにも暖かい気持ちにさせられる。
(あ。……それで分かった。最近、島民のみなさんのお願いごとが減っていた気がしていたんですよね)
新たな真実にも気付いたが、肝心なことを何一つ聞けていないことにも気付いた。
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